第7話

 私がハリストン辺境伯邸へやってきて、まだ一週間しか経っていない。

 それのに、私は早くも暇を持て余していた。


 考えてみたら十歳のときから、これまでほとんどの時間を妃教育に費やしていた。

 好きなように過ごしていいと言われても何をしたらいいのかわからない。

 私は時間の使い方が下手なようだ。


 トマスに領主邸の内部や敷地内の案内をしてもらうのも三日あれば終わってしまった。四日目からは大人しく刺繍をして過ごしたが、刺繍はそれほど好きな訳ではないのですぐに飽きた。


 騎士には無事を願って刺繍を入れた小物を婚約者や妻が贈る習慣がある。

 今は争いはないけれど、訓練中にけがをしないとも言い切れない。

 そのため、この屋敷にきてすぐにハンカチへの刺繍を開始した。


 剣と名前を刺繍をしたハンカチを作ったらあっという間にできてしまったので、辺境伯様にはすぐに渡した。

 その後、自分用の小物に刺繍をしていたけれど、それも飽きてしまったのだ。


 ――マリアベルは十歳で妃教育が開始されるまでは、自然豊かな領地で駆け回ったりするのが好きなお転婆な子供だった。妃教育が始まってからはほとんど領地に帰ることができず、妃教育の合間の休憩時間は良く王宮の庭園で束の間の癒しを求めたものだ。もちろん王宮の庭で駆け回るとすぐにお説教されてしまうので、とにかく庭は見るだけで淑やかに過ごした。


 いつしか、何時も淑やかにすることが当たり前になっていた。


 進まない針を針山に刺し、窓の外へと目を向ける。

 春らしくわくわくするような陽気。


(せっかく辺境という自然が多い所へ来たのだから、自然と触れ合いたいわ)



「フレア。散歩に行きましょう」

「かしこまりました。お召し替えなさいますか?」

「このドレスは動きやすいからこのままでいいわ」

「では、日傘をお持ちしますので少々お待ちください」


 公爵邸からは数着のドレスしか持ってきていなかったので、辺境伯領の暮らしに合わせたドレスを新調しなければと思っていた。


 しかし、辺境伯邸に来てみると、客間から続く衣裳部屋には五着のドレスが用意されていたのだ。


 私が持ってきたドレスはコルセットでぎゅうぎゅうに締めつけなければいけないし、靴まで隠れるようなスカート丈の長いものばかりだった。

 お気に入りだけど、正直動きやすいドレスではない。


 用意されていたドレスは私の正確なサイズが分からないという事もあったのだろう、あまり体の線を拾わないタイプで、スカート丈もくるぶし位のドレスばかりだった。

 貴族令嬢の嗜みとしては足は見せないのが原則なので、初めは少し抵抗があった。

 けれど、辺境伯邸の使用人のお仕着せも皆くるぶしよりも少し上の丈。辺境伯邸に来るまでに通った街で見かけた女性たちも王都で見るよりもスカート丈が短めだった。

 メイドに聞いたらしくフレアが「冬は雪が裾に付いてしまうし、春は雪解け水で汚れやすくなるので、短めになったそうです」と説明してくれた。


 ならば、郷に入っては郷に従え。用意されていたドレスは着てみると締め付けなくて着心地が良く、スカート丈が短めで歩きやすくて気に入ってしまった。

 すっかり用意されていたドレスばかり着用している。


 つい先日、辺境伯様と朝食を食べていると「今日、仕立て屋を呼んでおいた。王都のような最新のデザインは無理だろうが……足りない分は好きに注文すると良い」と言われた。

 持ってきたものと用意してくださったドレスで当面問題ないと伝えたが、「この土地は冬が長い。夏物は十分だというのなら、寒い季節に合わせたドレスも新調すると良い」と言ってくださった。


 二日目の朝食で「荷物はあれだけか?後から届くのだろうか?」と持参した荷物の少なさを心配されていたので、きっと手配してくれたのだろう。


(本当によく気にしてくださっている方だわ)


 元々、辺境伯様は社交をほとんど行っていないみたいだし、私も誰かと会う予定もないので、ドレスの枚数は必要ない。

 社交をするなら、何度も同じドレスを着るのは貴族として恥という風潮があるので、枚数が必要になるけれど、社交の回数が少ないなら枚数は不要だ。


 暖かい季節の分は用意されていたドレスや持参したドレスで充分なので、外套やドレスなど寒い季節用に数着注文させてもらった。


 相変わらずほとんど無表情だけど細やかな気遣いをしてくれて、随所に大切にしようとしてくれていることが伝わってくる。


 使用人も皆、畏まって堅苦しい感じではなく心地よい距離感で接してくれて、ここは温かな場所だと感じる。




 日傘をさして庭を散歩していると、作業をしている使用人のヘンリーがいた。



「こんにちは」

「……っ!?お嬢様!?」

「あ、手は止めなくていいわ。作業を続けてちょうだい。綺麗なお花ね。見たことが無いけれど、なんていうお花なの?」

「これは、ナタチムといいます」

「ナタチム?」

「はい。実は食べることもできる花なのです」

「え?食べるの?花壇のお花を?」

「はい。といっても、何もなければただの鑑賞用として植えているだけですがね。ここは辺境ですので。有事の際など食糧難になる可能性を考慮して、旦那様が念のため食べることもできる花を植える様にとおっしゃって。ですので、あのバラも食べれますし、あの端の方にある野草のようなものも実は食べれますよ」


 ここの花壇にはもともと普通の花が植えられていたそうだ。それが、ライオネルの代になってから花壇の一部は食べられる花を植える方針になったのだとか。


 隣国から攻められた時に食糧難になっては負けに繋がるし、自然災害などで食糧危機に陥った時にも領民への負担が少しでも減ればいいとの考えたそうだ。



 翌日も翌々日も、庭を散歩しているとヘンリーが作業しているところに出くわしたので、色々と質問する。

 最初は作業の手を止めて話をしようとしてくれるので、何度も作業は続けてというと今では作業しながら話してくれるようになったし、気軽に話ができるようになっていた。

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