典雅なるバームクーヘンエンド
メラン28号
典雅なるバームクーヘンエンド
結婚式でも二次会でも食べや飲めや酒池肉林を謳歌した恋人が、引き出物からまん丸のバームクーヘンを取り出したので、止めようかと迷いつつ放っておいた。我が家は五人家族だったので、バームクーヘンあればナイフで五等分が常であったし、不器用な母による不公平極まりない形を姉二人と争っていた。
一人っ子の恋人にはバームクーヘンを分けるという考えは最初からないようで、日比谷公園の中心でひっそりしている噴水の淵でくつろぐやいなや、バームクーヘンへと食らいついた。先日二人で見たサメの映画を思い出す。片腕を食べられた俳優を「顔が好み」と褒めていたせいか、サメに襲われた途端に恋人が大喜びしたので、翌日まで口をきいてやらなかった。
「んっ」
一口食べたバームクーヘンを差し出してくる。こちらにも食べろという押し付けがましさに閉口しかけて口をあけた。喉につまるようないきおいで押し込まれたので、反射的に頭を殴っていた。
「痛い」
「あのな、やめろ。違った意味でのバームクーヘンエンドになるわ」
「いいじゃん、終わろうよ」
「バームクーヘンで終わりたくない」
「何で終わりたい?」
「……まだ終わりたくない」
「じゃ、終わらないように頑張らないと」
「どうやって」
「このバームクーヘン食ったら、オレたちは終わらない」
「何、その願掛け」
「終わらないでさ、最後までいたいじゃん。オレたちが結婚式挙げる時にも、バームクーヘン配りたいし」
「てか、ここの美味くね?」
「わかる、美味い! 銀座とか書いてあるから、やっぱり金持ちは違うわ」
「もう一口よこせ」
「ダメ、自分の食えよ!」
勝手に食わせて、味を覚えさせたのはそっちだろ。
自分がもらった分を食べる。結婚して、幸福いっぱいの二人に、どこか悔しさがなかったといえば嘘になる。オレたちの関係を祝福する奴らは多いけど、祝福してもらうには結婚しないといけないわけで。
いつくるかもしれない、一つの愛の到達点。こいつはどう思ってるのだろうかと不安もあったが、バームクーヘン食いながらの口約束。深刻そうに言われるのは苦手。このくらい、軽いノリの方が好きだって、わかってるからこんなところで、バームクーヘン食いながら。変なやつ。けど、好き。
自分の食べてるそれをちぎって、恋人の口に押し込んだ。苦しそうに飲み込ん「美味い」と笑う。オレたちのバームクーヘンエンドは、夜の公園にて閉幕した。
終
典雅なるバームクーヘンエンド メラン28号 @usotukikun
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