推しの正体
「おっす、はじめ!」
入学式を終えて教室へ入り、自分に割り当てられた席につくと、ふいに俺の名を呼ぶ声がした。
そちらの方へ顔を向けると、朗らかな笑みを浮かべた男子生徒がいた。坊主頭でガッシリとした体躯にカリフラワーイヤーのそいつは、俺の友人である
「ああ、テラ。おはよう」
「おっはー!」
挨拶を返すと、寺島は俺の右隣の席に腰を下ろした。
「また同じクラスだな! しかも隣の席!」
「最悪だな。お前の顔を見るのはウンザリなんだが」
俺は肩をすくめる。こいつとは小学生の頃からの腐れ縁で、通う学校どころかクラスまで一緒になっている。呪われてるんじゃないかと疑うレベルだ。
「またまたぁ、ホントは俺のそばにいられてうれしいくせにぃ。もーう、ツンデレなんだからぁ」
「んなわけあるかよ。つーか、このやりとり小学生の時からずっとやってるからな? いいかげん、飽きろよ」
「いいや、飽きないね。きっと老人ホームでもやるね」
「ダルッ」
そんな他愛のない会話をしながら教室内を見回す。
空いてる席はほとんどない。中学までの友人は、どうやら寺島だけのようだ。住んでいるマンションから近いって理由だけで選んだ高校だし、知り合いが少ないだろうなという予感はしていたが、それでも寂しさはある。
などと考えていると、左隣の席のイスが動く音がした。そちらが気になり、寺島との話を中止して振り向く。
窓際の最前列。そこには女生徒がいた。
う〜む……これはまた地味な子だな。三つ編みに黒縁メガネって、何世代前の女子高生ですかって感じだろ。
それに、目の下のクマが濃い。いったい何日徹夜したらこうなるんだ?
……っと、今はそんなことどうでもいいか。
これから学業をともにする仲間なわけだし、ちゃんと挨拶しておかないと。きっと後で自己紹介の時間が設けられると思うけど、それでもお隣りさんには声をかけるのが礼儀だからな。
黒板に貼られた座席表から、彼女の名前が
「初めまして、月島さん。俺は
俺は右手を上げ、にこやかに挨拶した。
「……」
月島さんは俺を
「あ……えっと……」
うっ、地味に傷つくんだが……。
いきなり面識のないヤツが名前を呼んだのはマズかったか?
でも、それだけでこんな拒絶反応を示すかな?
……いや、まてよ。
そういえばさっき、俺の顔を見て眉をひそめなかったか?
……え? もしかして、俺のフェイスが生理的に無理だった?
ブサメンが話かけてくんなってこと?
顔面偏差値が低いって自覚はあるけど、本当にそうだとしたらショックってレベルじゃねぇぞ。
ちょっと整形してきていいですかね?
後ろ向きな考えに脳が支配された俺は、目尻に涙をため、口の端をヒクヒクさせながら意味もなく掲げた右手を閉じたり開いたりした。
しばしそうしていると、寺島に肩を叩かれた。
「そうだ、はじめ! 聞いてくれよ! 俺、また推せる子を見つけたんだ!」
そう言ってポケットからスマホを取り出すと、素早く操作し始めた。
きっと、この凍った空気を変えるために話題を提供してくれたんだろう。
寺島は外見に似合わず、こうした気づかいの出来る男だった。
「見ろ! ポルカドット・ライバーズのシャノンちゃんだ!」
内心で感謝しつつ、鼻息を荒くしながら突きつけてくる画面に視線を移す。
「どうだ、超絶キュートだろ!?」
「ふむ、たしかに可愛いな」
ロブくらいの長さに伸ばされた艶やかな銀髪に、二重のアーモンドアイ。
もっとも、彼女はこの世の存在ではない。
インターネットなどのメディアで活動する、2DCGや3DCGで描画されたキャラクター。俗に言う、VTuberというヤツだ。
「しかもこの子、雑談も面白いんだぜ!」
「へぇ、そうなのか。ま、推し活のあとで配信のアーカイブ観てみるわ」
「はじめみたいに綿雪ルナが好きな人なら絶対、気に入ると思うぞ!」
ガタリッーーー
「ん?」
左側から物音がしたので視線を横へ流す。月島さんの机が少し斜めに傾いていた。
どうしたんだと訝しんでいると、教室前方のドアが開いて担任らしき先生が入ってきた。
それからは担任から激励の言葉をいただいたり、生徒一人一人の自己紹介などが行われた。
こうして、ちょっぴり苦い思いをしたが入学式は無事に幕を閉じたのだった。
◆ ◇ ◆
ニ週間も経つころには、初対面のクラスメイトたちともだいぶ打ち解けてきた。
当初に感じていた不安や寂しさも薄れ、俺は青春を謳歌し始めていた。
……ただ、一つ気がかりなことがある。
隣の席の月島さんだ。
彼女は、クラスで孤立していた。
このころになると気の合う者たちが集まっていくつかのグループを形成しているのだが、そのどれにも所属していない。
というか、彼女が誰かと会話しているところすら見たことがない。
自己紹介のときに終始無言だったのがいけなかったんだろう。あれで皆に悪い印象を与えてしまったから。
それでも、他のクラスに友人がいればまだよかったのかもしれない。
けれど、訪ねてくる生徒もいないし、彼女が他の教室に赴くこともないので、クラスの外にも友人がいるわけではないらしい。
不憫に思い、何度か声をかけているのだが、どうも俺は嫌われているようで無視されている。
やはり整形しなければならないのか。
そんなことを冗談交じりに考えていた、ある日のことーーー
今日は快晴だ。空の機嫌がいいとこっちもウキウキしてくる。俺だけかもしれないが、こんな日はいつもより早く登校したくなる。
学校はマンションから徒歩10分。正門へ続く道の両端にはソメイヨシノが植えられており、鮮やかに咲き誇っている。
周りには他の生徒の姿はない。通常よりずいぶんと早く出てきたから当然と言えば当然だった。
昇降口で靴を履き替え、一階にある俺のクラスを目指す。一年一組なので突き当りの教室だ。
♪~♪~♪〜
歩みを進めていると、そちらの方向から女性の歌声が耳に届いてきた。最近流行りの、有名女性アーティストの曲っぽい。
「!? この声……まさか……そんな……」
聴こえてくる歌声が大きくなってくるにつれて心臓も徐々に高鳴り始めた。
「いや、間違いない!」
はっきりと声を聴きとれるようになると、疑念が確信に変わった。
綿雪ルナだ。俺の最推しVTuber。
声質が似てるとか、そんなんじゃない。正真正銘、本人だ。俺が推しの声を聴き間違えることは絶対にない。彼女がデビューしてから半年間、毎日欠かすことなく聴いてきた声なんだから。
「中の人は中高生じゃないかって囁かれていたけれど、まさか俺と同じ学校の生徒だったとは」
僅かな困惑と特大の喜びで張り裂けそうになる胸を押さえ、気を抜けば膝が崩れそうになるのを踏ん張って音源を探す。
三組……には誰もいない。
二組……にもいない。
残るは俺のクラスだけ。
逸る気持ちを必死に抑え、息を押し殺し、おそるおそるドア越しに中を覗きこむ。
視線を教室の後方から前方へゆっくりと移動させていく。すると、窓側の最前列に女生徒の後ろ姿を確認できた。
そこは俺の左隣。
月島さんの席だった。
「あの三編み……それじゃあ、月島さんが……」
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※本作は【試作品】です。そのため、一話のみの投稿となっております。ただし、反響が大きければ(高評価★★★の数が多ければ)続きを執筆するかもしれません。
最推しVTuberの中身が隣の席のボッチな地味子だということを俺だけが知っている マルマル @sngaoyama
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