第8話 一家で食事

 食卓には独特の緊張感があった。

 俺の入室は一番遅かったようで、すでに両親と兄、姉が優雅にこちらに視線を送っている。


 縦長のテーブル一番奥には父がいて、その両脇には母と兄ロビン。少し離れて姉のアンジェが席についていた。


 兄と姉のことは食卓に行く途中、念の為シェリーに教えてもらっていたが、すでに貴族としての風格というか、上品さが感じられる。


「遅かったではないかガルロードよ。既にワシは腹コペじゃ」

「まあ、貴方ったらはしたないですわ」


 両親はいくらか和やかな空気を出しているけれど、兄ロビンは不満げに眉を顰めている。


「我々を待たせるとはどういうことだ、ガルロード」

「兄上。弟は昨日、記憶喪失に遭ってしまったのですよ。致し方ないでしょう。さあガル、席につきなさい」


 姉は厳しそうな空気は出ているが、一定理解はしてくれるようで、少しだけほっとしてる自分がいた。


「遅れてしまい申し訳ございません」

「……! まあ……お前も大変な状況のようだし、しょうがないだろう」


 さっきまで苛立っていた兄が、少しばかり驚いて声を落とした。こういう時はしっかり謝るしかないと思うんだけど、意外な反応だったのかな。


 席に着くと、すぐに食事が始まった。デッカいチキンが食卓の真ん中にあって、野菜や果物、パンやスープが所狭しと並べられている。


 人数の割にはとても豪華というか、やっぱり貴族って全然違う。しかもメイド達が細かい食事の手伝いや、おかわりの準備なんかもしてるようだ。


 お金持ちって凄いと感心してしまう自分は、やはり庶民なんだけど、転生してしばらくしたら染まっていくのかもしれない。


「時にガルロードよ。記憶のほうはいくらか戻ったのか? 昨日はワシらのことも、全く覚えておらんようじゃったが」


 いくらか軽い雑談をした後で、不安げな面持ちで父が質問してくる。正直に魂は別人です、なんていうわけにもいかないので、ここは嘘をつくしかなかった。


「残念ですが、今は何も思い出せずにおります。ですが、私としてはランラン家としての責務を果たすため、精一杯自分にできる限りの努力をしていくつもりです」

「まあ、ガルロード!」

「ガル。もしかしたら貴方には今、とても素晴らしい変化が起きているのかもしれないわ!」


 すると、母上と姉が驚きと喜びに満ちた声をあげ、俺は正直困惑した。


 このくらい普通にいうものじゃないかな。邪悪貴族って攻略本には書かれてあったけど、どんだけ素行悪かったんだろ。


「ガルロード。以前のお前ときたら、私やアンジェを事あるごとに挑発していたものだ。しかも食事の場で、次期当主は俺様で、お前らは家来同然になるのだ、などと抜かしていたほどだったぞ」


 や、やばい! そんなこと面と向かって言うのは度胸があるのか、またはイカれているのかどちらかじゃないかと思う。きっと後者に違いない。


「そのような無礼を働いていたのですか。兄様、姉様、本当になんとお詫びをするべきなのか。重ねて謝罪します。この度は、」

「いや、もう気にするな。お前はきっと神が生まれ変わらせてくれたのだよ。私としても、今のお前を責める気にはなれん」


 実際間違ってない。神様っていうかやったのは天使みたいだが。


「おお! 今日はなんと良い日であろうか! シェリー、酒を持ってきなさい。今夜は飲むぞ!」


 父上が兄の言葉に感動したようで、徐々に場の雰囲気が変わってきた。暗く警戒心に満ちた空気はなくなり、普通の家庭っぽい明るいムードになっていく。


「うう……ぼっちゃま……」


 なぜか背後に控えていたシェリーが泣いてる。ちなみに他のメイドも和やかな空気になっていて、普通にしてるだけなのにどうしてこんなに驚かれるのか不思議である。


 そしてしばらく雑談を楽しんでいた時、ロビンが気になることを俺に聞いてきた。


「ところで、お前は学園のことも忘れているのかい?」

「はい。残念ですがまったく覚えていません」

「ふーむ。それは不都合がありそうだな。私のほうからも事情は前もって伝えておくよ。明日、早くから学園の近くに行く用事があるのでね」

「ありがとうございます」

「しかし最近の学生は、なかなか個性的な子が多いようだな。お前のクラスメイトだったと思うが、会ったら戸惑うかもしれん」


 転生してから個性的な人にしか会ってない気がするけど、さらに上がいるってことか。これは気をつけないとなぁ。


 そして穏やかな食事は終わり、風呂にも入って後は寝るだけとなった。ちなみに風呂もまた豪勢というか、普通に銭湯を独占している気分だった。


 寝室に戻ると、なんだか妙に時間の流れが遅いような気がしてきた。というか、時計のない暮らしをしているし、前世のようにやることがいっぱいでもないからか。


 いいなぁこういう生活。案外普通に暮らしてるだけで大丈夫なんじゃないか?


 そう思い、ベッドに入ってすやすやしようと思っていた矢先のこと。


 コツンコツン、と窓を叩く音がした。なんだろうと眠くなった目を開けて、カーテンを開いてみる。すると、カラスが一羽だけいて、封筒を咥えたままで窓を叩いていた。


「え? なんだこれ」


 窓を開けてみると、カラスは封筒を机の上に置いてすぐに飛び去った。封を切って中を開けてみると、


【魔王軍会議、予定どおり今宵開催。会場は定常どおり。必ず出席せよ】


 なんてヤバそうな内容が書かれていた。


 そうだった。ガルロードはすでに色々やっちゃってるって、あの天使が言ってたんだった。


 うわー……行くのが怖過ぎる。

 しかし欠席したらどうなるか想像もつかない。


 俺に残された選択肢は一つしかないようだ。

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1ミリも知らないRPGの悪役に転生したので途方に暮れていたら、空から攻略本が降ってきた コータ @asadakota

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