第18話 協力者との邂逅


 どんな手を使っても目的を達成する。

 そう固く誓いあった二人に最初に話しかけてきたのは、小柄な白人の少年だった。


『あの、そろそろ案内を始めてもいいでしょうか』


 困ったような、取り繕うような声音。だがその彼の外見に、ヤヌシュは見覚えがあった。


「あっ、君。あの時サディーク……様の側に居たよな」


 ヤヌシュが丸裸で地べたに額をつけたあの時。ただ一人、彼のやることを笑わなかった少年が居た。ただでさえ東方に白人は珍しいし、透き通るような美貌の持ち主だったから間違いない。


 すると少年は大きな青い瞳をこちらに向け、小声で返事を返してきた。


『……はい、確かに。僕はあの方の身の回りの世話を一身に任されていますので、今回も一緒に帰ってきましたよ。

 名をパスカルといいます。まだ子供ですが、あるいは今後お二人に命令を下すことがあるかもしれません。申し訳ありませんが、全てあの方の意向なので気を悪くしないで下さいね』


 そう語る彼は、おおよそ10歳を越えたくらいの年齢だろうか。ごく短い前髪、後ろを肩ほどで揃えた金髪が村娘のように可憐な印象だったが、とても肝が座った瞳をしている。不思議と静かな貫禄があった。

 

 サディークの奴隷は皆右半身を露出するデザインの白い服を着ている。だが、彼のみフードつきのケープ、そして首飾りを身に着けていて……なるほど、いかにも権力者のお気に入りという印象。新人の世話を任されるのも道理かもしれない。


「あ、うん、よろしく、な」


 それにしても。こんなに小さな子供に案内やら説明やらを任せて、本当に大丈夫なんだろうか? 彼には申し訳ないが、そんな憂いが脳裏をよぎる。ヤヌシュは、そして隣のハドリーも、言葉にこそしなかったがそう思っていると。ひょいと他の男が話しかけてきた。


「パスカル、新人のお兄さんたち、お前じゃ頼りないって思ってるみたいだぞ。助けてやろうか?」

『いいえけっこうです。むしろここを一人で乗り切らないとさらに侮られますので、下がって下さいジェイクさん』 


 横から軽い口調で三人に絡んできたのは、酷く大柄な男だった。充分若いが、二人よりは年上だろうか。白い服から覗く血色の良い右半身、盛り上がった筋肉が眩しい。赤銅色のクセ毛、豊かなアゴ髭がなんだかクマみたいだ。


 いや、マジでクマ。二人は気持ち縮こまった。身の丈190センチはゆうに超えているように見える。サディークはこんな強そうな奴隷をどうやって使役しているんたろう? そんな疑問すら沸いてくる。すると、固まった二人に代わってパスカル少年がその男に向き直った。


『ジェイクさん、怯えられてますよ。顔見せは終わったんですから、もう自分の持ち場に戻って下さい。サディーク様にどやされますよ』

「そう固いこと言うなよ坊や。お前だってさっきの聞いてただろ? この二人はなんかある。面白いことになるぞ」


「……!」


 さっきのを、聞いていた。いや、わかっている。ヤヌシュとハドリーが扱う西方語は、あっちの世界の共通語だ。これがわからない白人は多分居ない、と言えるくらいポピュラーだろう。だからあれで話した時点で、この場の少数派である白人奴隷たちには全てが筒抜けになるのだ。


 さて、これが吉と出るか凶と出るか。思わず表情を固くするヤヌシュだったが、ジェイクと呼ばれた男はごくごく上機嫌に見えた。少なくとも、この時点でこちらを敵視しているようには見えない。

 

「さっきの話、何? あれ、俺達に聞かせてくれたんだよな?」

「聞かせたというか……まぁ。協力者が出来れば、という意図はあった……が…………」

「ふぅん」


 筋骨隆々なクマ男の、屈託のない表情。これは本心? それとも全てを聞き出した後、告げ口される?

 

 正直内心、あれだけ評判が悪い君主なら謀反の協力者くらいすぐ見つかると思っていた。ましてや、文化的に迫害される白人たちに取り入れば即座に。だが、それは浅はかな考えだっただろうか。少なくともパスカルは真面目に仕事をこなそうとしている。むしろ少数派だからこそ、立場を守るため不穏の種を即座に取り除いたりするのだろうか。


 ふぅん、と言ったきり黙り込むジェイクに、ヤヌシュとハドリーが息を詰めていると。彼はやおら、ぱっと明るい笑顔になった。


「そう警戒するな。俺達はみんなサディークに海より深い恨みがある。だからはっきり言って、俺達は仲間だ。そう言えば信頼してくれるか?」

「……と言うと?」

 

「例えばそこのパスカル。めちゃくちゃ可愛いだろ。でも顔が良くていかにも可愛がられてるとなると、ほら、やっぱりさ」

「……やめて下さい。他人の個人情報を余所の人に話すのは品がないですよ」

「でも。お前、このままでいいなんて思ってないだろ。みんな助けてやりたいって思ってるんだ、本当だぜ」


「……?」

「…………」


 ジェイクが濁し濁し何かを伝えようとして、パスカルがそれを遮る。ヤヌシュは一人困惑した表情だったが、隣のハドリーは何か感づいたようだ。静かに口を開く。


「……夜伽の相手。させられてるんだな」

「………………」

「意地はるなよパスカル。この二人、多分なんかやろうとしてるぞ。もういいんだ、助けてって言え。お前一人我慢しなくていいんだ」

「………………ッ」


 ハドリーとジェイクにかわるがわる声をかけられたパスカルは、しばらく黙り込んだ後。みるみる表情を歪めて、ぽろぽろ泣き始めた。


「………………そう、です、僕、あの人に嫌なこと、されてるんです。でもここで生きてくには仕方ないって思ってて、我慢するしかないって、思って」

「そっか」


 ここまで言われて、ようやくヤヌシュの頭にも事態が飲み込めた。彼が背に腹を変えられずハッタリとして持ちかけた身体の関係を、この子は今現実のものとして受け止めている。嬉しいわけがない。それでも生きていくために耐えるしかなかった。さっきまで凛とした表情だったのも、自分の選択に対して最後の矜持を失わないためだ。


 だが、今の彼はただの小さな子供だった。ハドリーが優しく彼の頭を撫でている。その表情は酷く気遣わしげだ。


「うん、嫌だったな。辛かったな。でも、頑張った。頑張ったよ、お前は」

「………………がんばりたく、なかったです…………っ」

「うん、わかるよ。でも、今の自分を恥じることだけはやめな。お前が辛くても頑張ったから、こんなに小さい子供でも生き延びられた。それは事実だから」

「…………、っく、うぇ…………」


 ついに言葉も出なくなったパスカルを、ハドリーが優しく抱きしめる。こいつ、わりと誰にでもこうなんだなぁ。ヤヌシュはぼんやりそれを眺めたが、子供相手に嫉妬の感情が沸くわけもなく。しばしパスカルが落ち着くのを待った。


「で、だ。話を戻すけど、お前らは何者で何をしようとしてるんだ。〝父親の行方を探す悲願〟のためにここに来た、とか言ってたけど」

「それは……」


 パスカルの面倒をハドリーに任せ、ぐいぐい聞いてくるジェイクに、ヤヌシュは今更ながら躊躇してしまう。パスカルの身の上に同情出来るなら充分いい人間なんだろう。……それでも。一瞬言い淀んだ彼に、ジェイクは呆れたような笑みを向ける。

 

「ったく、まだこっちを信用する気になれない? 俺達全員の話しなきゃ駄目か?」

「……俺達全員?」


 ふと周りを見ると、他の白人奴隷たちが何人か遠巻きにこちらを見ていた。東方、あるいは南方系の奴隷は皆暗号めいた二人の会話を聞き取れず解散したようだが、一度聞いて理解してしまった彼らはやはり気になるらしい。


 ジェイクはそんな彼らを見ながら、一人ひとり指差し説明していく。


「例えば、俺はガキの頃故郷を焼かれて何人かの同世代以外全滅したし、あいつは戦争に負けて捕虜になってるし、あれも捕虜、それも捕虜、ていうかここの奴隷は大体戦争捕虜だから、強いて言えば改宗させられて心底むかつくってとこを話すべきか。


 なーにが唯一神サマだ、マジで爆発しろ。1日5回も祈らせやがって、ぶっちゃめんどくせーんだよ。いつ祈ってもいーよっつうゼウス様の大らかさを見習え」


「……あ、そこまでハッキリ言うんだ」


 いかに周囲にイラーフの民が居ないからと言って、そこまであけすけに宗教の不満を口にするとは。これはさすがに、信用してやらないと不義理にあたる気がする。ヤヌシュはふふ、と笑みを零し、ジェイクに向き直った。


「……それなら、全部バラしても大丈夫かな。


 えっと、俺は元騎士で、東西聖戦従事者だった。去年シャルファを落とされて、父、兄、配下の魔導師と生き別れたんだ。

 それで、『もしかしたらここに家族が生きて捕らえられているかもしれない』。そうあいつに聞いたから、何ヶ月も準備してここまでやって来た。


 良かったらあんた達、俺に協力してくれないか」


 ハドリーを親指で指し示し、つるりと全部明かしてしまう。視線の先の彼は、パスカルを宥めながら二人を静かに見つめた。


「いいのか、そこまであけすけに言っちまって。確かにこいつらは信用出来そうだ。それにしても……」

「いい。俺はそのためにここまで来たんだ。もしみんなが生きているのなら、もう一切の時間を無駄にしたくない。

 父様兄様、魔導師に早く会いに行きたい」


 ヤヌシュがハッキリそう告げると。ハドリーはふぅとため息をつき、呆れたような面白がっているような表情を浮かべた。恐らく、ヤヌシュの勢いと行動力に負けた。覚悟を決めたよ。という気持ちなのだろう。


「……だとよ。

 俺は元々フリーの傭兵なんだが、この姫騎士様に頼み込まれて一緒に行動して、もう1年近く経つ。こいつはそれだけ本気なんだ。

 奪われた家族を取り戻して、落とされたシャルファも奪還したいんだとよ」


「………………」


 突然スケールのでかい話が飛び出したせいで、一同はぽかんとした。騎士。東西聖戦。シャルファ。首都奪還。普通に生きていれば、なかなかお目にかかれない単語のオンパレードだ。なかでもジェイクは、とりわけ目を丸くしていた。


「マジかよ。す、げぇな。それであんな小芝居までしたのか?」

「そうだよ。ここに来るために、散々ハッタリかましちまったからな。帳尻合わせるのにあれしかやりようがなかったんだ」

「へぇえ」


 ハドリーがカラカラ笑っている。そう、ヤヌシュは決して男色のがあるわけではない。サディークにせよ、ハドリーにせよ、全く一切そういうんじゃない。そう周囲に説明すると、一同は一斉に笑い転げた。

 

「んでこの姫さん、もし家族が皆殺しだったらサディークをぶっ殺してやるって息巻いてるからさ。お前ら、いざとなったらどれくらい協力してくれる?」

「え、面白いじゃん。なんでもやるよ。お前らがそもそも命がけなら、このチャンス。俺等だって身体張ったろうじゃん。な、パスカル」


 ジェイクが笑顔でパスカルに視線を向けると。ようやく落ち着いたらしい彼は、真っ赤な鼻をすすって一同を見返した。


「そういうことなら、僕も出来る限り協力します。革命、ですね。僕たち虐げられた奴隷の積もった恨み、今こそ晴らしてみせます」


 おおお……!


 権力者に誰より贔屓されてなお、殺したいほどの恨みがある。パスカルの言葉は、他の白人奴隷たち全員の気持ちを鼓舞した。この場に反乱計画を快く思わない人間は居ない。そうわかったヤヌシュとハドリーは、二人同時に目を輝かせた。


「よし、いける。これで万全を尽くせれば、きっと成功するぞ」

「ああ。ついにここまで来た……あとは情報を集めて仕掛けるだけだな」


 二人の未来、その予想図に失敗の二文字はない。





 

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若騎士と狂犬 葦空 翼 @isora1021

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