【新】危機一髪 ※ボリュームアップ。
崔 梨遙(再)
1話完結:2600字。
学生時代の級友、仁志君。
彼は、ずっとアルバイトをしていた。自宅の近所のクリーニング屋さんが彼の職場だった。主な仕事は、アイロンをかけることだったらしい。冬は僕等と一緒に神社の初詣の警備員のバイトでちょっと荒稼ぎ。コツコツと貯金はするが、彼は僕等のように食費に使ったり服を買ったりということはしなかった。彼の貯金にはちゃんとした目的があった。貯金は、海外旅行の資金だったのだ。彼は旅行が好きだったのだ。
17歳の時、彼は夏休みを利用して約1ヶ月、ドイツへ行った。初めて見る街、初めて見る景色、彼の心は躍った。ノ〇シュ〇ァンシュ〇イン城にも行った。ブラ〇デ〇ブ〇グ門にも行った。ケ〇〇大聖堂にも行った。どこに行っても異国情緒を満喫出来る。最初は異国の1人旅に緊張していた彼だったが、次第に緊張感や警戒心は解けていった。外国は治安が悪いと言われるが、“なんや、安全やんか”と思い始めていた。彼は、観光名所以外の街も、気が向けば歩いた。
それは、急に彼を襲った。猛烈な便意だ。カフェに入ってトイレに行くという手段もあったのではないか? と僕なら思うが、彼にその発想は無かった。彼は倹約家だったのだ。無駄なコーヒー代など払うつもりは無い。まあ、それはいい。倹約家であろうがなかろうが彼の勝手だ。彼は探した。そして見つけた。公衆トイレだ! 慌てて駆け込み個室に入る。
便座に座り、ホッとスッキリした彼。もう安心だ。彼は気が抜けて脱力した。
「助かった~♪」
と、安堵していたのも束の間、右側の壁に覗き穴が開いていることに気付いた。しかも、その覗き穴から誰かがこちらを見ている。仁志君は、一気に不愉快になった。しかし、用を足している途中で出るわけにもいかない。とりあえず、出すものを出し尽くした。そして、尻を拭き終わった頃、のぞき穴の目が消えた。ふーっ、やっと気が楽になった。後は立ち上がってトランクスとズボンを上げるだけ……事件はその時に起きた!
バーン!
正面のドアが勢いよく開いたのだ(外国の公衆トイレに鍵が無いというのは珍しくない)。そして、目の前にはズボンとパンツを膝までずらした、下半身丸出しのビール腹のオッサン(禿げかけ)が仁王立ち。オッサンは、その勢いで仁志君に襲いかかった。仁志君、便座に座ったまま両腕で押し返すという必死の抵抗。そして、生まれて初めて叫ぶ、
「ヘルプミー!」
何度も叫んでいると、何人かの男達が集まってきた。ビール腹のオッサンは、舌打ちをしながらパンツとズボンを上げつつ逃げ去った。仁志君、助けてくれた人達に、ズボンも上げず便座に座ったまま、
「サンキューベリーマッチ」
まさに、危機一髪。仁志君は、それからトラウマでソーセージ、フランクフルト、ホットドッグが食べられなくなったという……。そのトラウマは、日本に帰ってからも続いていた。いつ、トラウマを克服出来たのか? 僕は知らない。
と、書いてしまうと、仁志君がかわいそうな被害者に見えるが、そうとも言い切れない。
翌年、18歳の時に、彼は夏休みを利用して中国に1ヶ月くらい滞在した。彼は、かならずしも観光名所を巡るわけではない。気が向いたら、電車やバスから降りて、知らない異国の街の気分を味わうということもあった。知らない街を散策するだけでも楽しい。その気持ちはよくわかる。国内でも知らない街の散策は楽しいのだ、異国であれば、国内以上に散策は楽しいだろう。
そして、或る村で出会いがあった。彼と同じくらいの年頃の女の娘(こ)が、
「ついていく!」
と言って、荷物をまとめて急遽同行することになったのだ。思わぬハプニング! 旅は道連れというが、彼は同世代の女の娘と一緒に旅行が出来るようになったのだ。なんという幸運! これは嬉しいハプニングだ! 彼は、ニヤつきが止まらなかったらしい。その時、彼の心の中には下心しかなかった。彼の目的は、その女の娘との性行為だった。女の娘の方も、それを承知でついてきたと思ったらしい。まあ、そう考えてもおかしくはないだろう。そして、その日は早めに宿を決めて、早めにベッドに入ることにしたとのことだった。完全に下心がわかる。わかりやすいのが彼の良いところだ。中途半端に気取るより、わかりやすい方がいい。
ところが、結論から言ってしまうと、彼と女の娘は上手く結ばれなかったらしい。相手の女の娘(こ)が痛がって逃げるからだ。彼は何回もチャレンジしたが、結局、ダメだったとのことだ。もっと優しくしてやれよ! きっと処女だったんだよ! と思ったが、童貞だった彼に、そこまでの余裕は無かったのかもしれない。僕は、女の娘の方に同情した。僕なら、相手が処女なら喜ぶと思う。相手が処女なら、時間をかけて、なるべく痛くないようにゆっくり焦らずに抱くと思う。相手が彼ではなく僕だったら良かったのに! 彼が羨ましい。
で、ここからが仁志君の怖いところだが、 仁志君はこう思った。
“結ばれないんやったら、一緒にいる意味が無い!”
仁志君は、バスの始発に間に合うように、1人でソーッと支度をしてホテルを出たのだった。要するに、女の娘を置き去りにしようとしたのだ。僕は、それを聞いた時に、“鬼か? 仁志君は!”と思ったが、彼は笑いながら話していた。そんな彼が、僕は少し怖かった。
仁志君はバスに乗り込んだ。そして、最後尾に座った。後ろの窓の外を眺める。仁志君は感慨に耽った。
“さようなら、見知らぬ街。さようなら、結ばれなかった女の娘!”
すると、その女の娘が走って来るのが見えた。薄暗い早朝、遠くに人影が見える。人影が少しずつ大きく見えてくる。
“ヤバイ!”
仁志君は、早くバスが出発してくれることを願い、祈った。
“危機一髪!”
バスは走り出した。あの女の娘の姿が小さくなっていく。そうして、ようやく仁志君は安堵して息を吐き出した。僕は、女の娘にとっては置いて行かれて良かったのではないか? と思った。どうせ、彼が日本に帰るときにはお別れになるのだから。処女を捧げて捨てられるよりは良かったのではないだろうか? 皆様は、どう思われますか? 結ばれた方が良かったですか? 結ばれなくて良かったですか?
同じ危機一髪の状況でも、必ずしも仁志君が被害者ということではなかった。僕は、その中国の女の娘に同情した。だが、仁志君の自分に正直な行動には脱帽だ。
【新】危機一髪 ※ボリュームアップ。 崔 梨遙(再) @sairiyousai
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