地獄のテストを回避する方法。
花 千世子
地獄のテストを回避する方法。
高校一年生の夏、私は必至で考えていた。
なんとか風邪がひけないものか、と。
明日、どうしても風邪をひきたい。
もっと具体的に言うのなら、熱を出したい。
熱が出れば、母も「しかたない」と言って学校を休ませてもらえる。
そこまで考えるのには、理由があった。
ちょうどその時期、7月の期末試験だった。
試験最終日は1教科のみで、テストの方法が他の教科とまったく違ったのだ。
話せば長くなるので、分かりやすく例えて書くと。
クラス全員の前でリコーダーを吹いて、先生が採点する。
こういう状況だった。
商業科だったので、特殊なテストがあったのか、先生の独特の方針かは分からない。
でも、先生の前でリコーダー吹くだけならかまわないが、なぜ生徒全員の前で?!
それがすごく嫌だった。
私は、その授業がすごく苦手で下手だったので、試験でクラスメイトに笑われる未来は見えていた。
その地獄のテストを説明する時に先生は、「1年生のこの期末テストだけです。あとは普通のテストにします」と言った。
つまり、明日のテストさえ休めば、今後の高校生活でこのような地獄はないらしい。
そう、明日さえどうにか風邪をひけばいいのだ。
学校から帰ってきた私は、とても元気だった。
これから明日の朝までに風邪をひく要素はなさそうだ。
ただ私は、一度風邪をひいてしまうと高熱が出やすいタイプの子どもだった。
肺炎で入院した経験は小~中校の間だけで3回もあった。
風邪をひけば、毎回39度の熱が出る。
そのため、自分の高熱には家族も慣れていたのだ。
それだけに、母の熱基準は厳しい。
微熱程度だと、「誤差だから学校に行ったほうがいい」という。
特に試験の日なんか、「微熱なんて熱のうちに入らない」というだろう。
つまり、母を説得させるには、38度近くほしいところだ。
私は、学校を休みたくなるたびに体温計をごまかしていた。
嘘の申告をしたり、摩擦で体温計の熱を上げようとしたり、飼い猫の脇にちょっと当てて熱を上げたり……。
そういう不正がバレたので、熱を測る時は、母監視のもととなった。
自業自得である。
かといって、熱なしの「お腹痛い」とか、「頭痛い」という演技は、母が見抜いてくる。
特に試験期間中のその手の仮病は、確実に見抜かれる。
じゃあ、どうしたらいいのか。
熱を出せばいいのだ。
しかし、どうやって。
私はない知恵をしぼった。
さて、もうこれを読んでいるみなさんはお気づきだろう。
「試験の日を休んでも、どうせ追試があるじゃないか」と。
そうなのだ。
完全に地獄のテストを回避することは不可能。
私の問題は、「クラスメイト全員の前で」というのが問題であり、先生の前でだけ、もしくは生徒2,3人ぐらいならまあ大丈夫だと思っていた。
つまり、追試を受ける生徒はそれほどいないと思うので、少数の中でなら大丈夫だと考えたのだ。
最初から追試目当てだった。
私には持病があったので、先生に説明すれば別の部屋で一人で受けさせてくれたかもしれない、と今なら思う。
しかし、当時の私は、「先生は生徒の意見を聞いてくれないもの」とみなしていた。
私は地毛が茶色なのだが、生活指導の先生に何度も何度も捕まって、注意されていたのだ。地毛なのに。
私が「地毛です!」と強めに主張しても、黒と茶色の混ざった地毛を地毛と信用してもらえなかった。本当に地毛だったのだが、証明は難しい。
母を召喚すれば良かったと大人になった今なら思うのだが、家から高校まで1時間近くかかるので、母の手を煩わせるのも悪いと思った。
変な気の使い方である。
そんな経緯で、先生への信頼がない私は、話し合いという札を最初から持っていなかった。
だから、なんとか風邪をひく方法を考えた。
すると、母が言った。
「あっ、お父さん、お風呂掃除してくれた?」
「まだ。ちょっと用事片付けてくる」
「わかった。じゃあ、お母さんはそろそろ晩御飯の用意するかな」
ここで私はピンときた。
今、風呂の浴槽には冷たい水が張ってある。
正確にいえば、昨日の残りの冷めきったお湯が。
それにつかれば、風邪がひけるかもしれない。
服ごと水に浸かって、自然乾燥させよう。
そうれば、風邪をひけるかもしれない。
今は夏だが、今日はちょっと涼しい。
可能性はある。
ドキドキしながら、私はこっそりと風呂場へ。
浴槽のお湯はすっかり冷めてほぼ水だ。
そして、服を着たまま湯船に浸かる。
ドキドキした。
なんか自分はすごくバカなことをしてるんじゃないかと思った。
すごくバカなことをしてるんじゃないかと思ったではなく。
すごくバカである。
浴槽に服を着たまま浸かるの抵抗があった。
そりゃそうだろう。
でも、明日の地獄のテストを回避するためだ。
そう思って、えいやと浸かった。
めっちゃくちゃ気持ち悪かった。
服が肌に張り付くし、すごく冷たいわけじゃく微妙なぬるさのお湯の感覚も加わって、今までに味わったことのない類の不快感。
一応、首まで浸かり、風呂を出た。
服から滴る水をしぼり、自室でちょっと乾くまで待つ。
さすがに濡れているのがバレたら、母に疑われる。
まあ、服ごと水風呂に入ったとは思われないだろうけど。
「なんだかあんたの服、湿ってない?」
晩ご飯のあとに、母にそう聞かれたが、「さっき手を洗ったらはねた」とごまかしておいた。
ひやひやした。
しかし、風邪をひく気配はない。
その日は、服が完全に乾くまで過ごしたが、風邪をひく気配はなく、普通に過ごした。
朝起きても、元気だった。
体は軽かった。
異変はなし。
熱はありそうもない。
しかたなく、学校に向かった。
どうしうよう、こうなったら仮病をつかって保健室で休むか。
そう考えて、学校の最寄り駅で降りようとした時。
突然、激しい頭痛と吐き毛に襲われた。
え、なに?
そう思いつつ、学校に向かう途中、友人からこういわれた。
「顔、真っ青だよ」
学校についた時には、ふらふらで動けなかった。
すぐに保健室へ行って体温を測る。
39度だった。
先生は驚き、母に電話。
もちろん早退である。
ぼんやりする頭で考える。
もしかして昨日の水風呂効果?
それにしては効果が遅くない?
朝はなんともなかったのに……。
遅れて症状が出るの?
それにしては、頭の痛みと吐き気が尋常じゃない。
それに加えて熱も高いし。
もしかしたら悪い病気かも……。
迎えに来た母は怒っていた。
たぶん、私が何かをやらかして熱を出したと思っていたのだ。
正解である。
頭痛と吐き気でぐわんぐんわんしていたが、母が何かを察したらしく、「しばらく寝てなさい」と言った。
布団の中で私は、このまま死ぬかもしれないと思った。
それだけキツイ症状だった。
その日、何時間か寝ると熱はすっかり下がった。
その日の夕方には平熱に戻り、頭痛や吐き気の症状はすっかり収まっていたのだ。
ちなみに病院にも行ってないし、薬も飲んでいない。
寝るの最強だな。
そんなわけで、私は無事に追試を受けることができた。
教室には2,3人生徒がいるだけで、のびのびと試験を受けた。
ちなみに、緊張せずにテストができたから実力を発揮できたというよりは。
テストの範囲を丸暗記する時間ができたので、それにより赤点にならずに済んだ。
うまくいってしまったから水風呂を何度もやったのかというと……。
これ一度きりである。
さすがにあんな頭痛と吐き気を二度も経験したくない。
あと、水風呂で風邪をひくだなんて、ダメ人間だ。
一応、私も少しは反省したのであった。
地獄のテストを回避する方法。 花 千世子 @hanachoco
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます