<終>第12話 翼端にのぼる朝日

 *


「こんな時でさえ頭が上がらない。ポーラには勝てないな」


 アルテルは、微笑った。

 温かな星が、胸の内で強く輝くのを感じた。


(ポーラが生きるといっているのに、俺が死ぬわけにはいかないじゃないか!)


 止まりかけたエンジンに息を吹き返させることは可能なのか?

 高度はぎりぎりある。

 どちらにしろ、このままでは墜落を避けられないことだけはわかっている。

 なら、一か八かで一度エンジンを切り、急降下によって負荷をかけながら再度エンジンに火をつける。


「やるしかないな……」


 覚悟を決めたアルテルは、優しく機体を撫でる。


「『ポーラ』、頑張ってくれよ」


「え?」


 不意に名を呼ばれ、空色の瞳を瞬かせるポーラ。



「言ってなかったな。俺の愛機。ポーラスター号だ」


 いたずらを見つかった子供のように、はにかみながらアルテルは飛行機の名前を口にした。


「アル! なんで、そんな素敵なこと今まで教えてくれなかったの!」


「恥ずかしくて言えるか」



 ずっと、お前と二人で飛んでいた。

 ずっと、お前の名を呼んでいた。


 時に愛おしく、時に狂おしく。



 翼を得て飛翔するとき。


 俺は、空の王で。


 俺は、空の従者。


 世界は俺のもので、

 世界は俺だけを突き放す。




 そんなとき、たまらなくなり飛行機の名だと言って彼女の名を口にする。


 ――― ポーラ、愛しいポーラ。


     がんばってくれ、もうすぐ着くさ。



 *


 アルテルは、目を閉じてひとつ大きく深呼吸する。


「ポーラ。一緒にいてくれ……」


「最後まで、そばにいるわ」


 アルテルは、その答えに力強くうなずいた。


「行くぞ!」


 すべての燃料バルブを閉め、スロットルを絞りエンジンを停止する。


 不安定ながらも、機体を支えていた見えない力が急速に失われていく。

 それと、同時に鼓動が速くなる。


 急激な失速。

 急降下。


 暗闇の中、こんな降下をすれば山に激突するかもしれない。


 それでもやるしかない。


 体にぎりぎりと負荷がかかり、死が肌をなでていくのを感じる。


 加速が足りない。


 もっと、

 もっと、

 もっと……。


 恐怖を堪えるために奥歯を噛み締めると、低い唸り声が漏れた。


 ――― 今だ!


 そう思うところで、すべてのオンにしスロットルを倒し全開にするが、手ごたえがない。


「くそっ!」


 もう一度試みてみるが、やはり反応がない。


「ダメなのか? これでおしまいなのか?」



 あきらめかけたその瞬間、スロットルレバーを握る手の上に、温かなポーラの手が重なるのを感じた。


『諦めないで、ここでちゃんと見ているから』


 耳の中でこだまする声に勇気づけられ、アルテルは闇を見据える。


 もう決して逃げ出さない。


 まだやれる、

 諦めちゃいけない。


 ポーラが待ってるんだ。


「生きかえれ!!」


 願いを込め、力の限り強くレバーを倒す。


 ―――― バンッ!


 手ごたえのある力強いエンジン音が鳴り響く。

 心地よい振動がもどり、鉄の塊に再び命が宿る。


「よしっ!」


 今度は、操縦桿を握り一気に引く。

 機首があがり、翼に空気をはらんでゆくのがわかる。

 ああ、生きている。


「やったぞ、ポーラ!」


 後部座席を見れば、ポーラのいたはずの場所は空だった。

 しかし、そこにはまだ彼女のぬくもりが残っている気がした。


「ポーラ……。ありがとう……」


 アルテルの瞳から、涙が零れ落ち胸のクロスをやさしく濡らした。




 アルテルは、

 夜を渡り、

 朝を目指す。




 いつの間にか雲が晴れ、次第に右の翼端から空が明るくなってきた。



 天と地の狭間から、無垢な朝が生まれる。


『生きたい!』と叫ぶ太陽の産声は、


 闇を照らし今日という日を得る。



 ――― 夜明けは、なんと心が安らぐのだろう。





 群青の空を黄金に染めながら、




 朝日が昇る。





       ― 終 ―



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【短編】ポラリスの翼 天城らん @amagi_ran

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