第5話 じっくりと殺した

 グレドとエンデルは熟練の冒険者だ。森も山も歩き慣れているから、普通の旅人と違って街道を使わずに逃げているだろう。

 となれば見つけるのは困難だ。実際、衛兵たちも足取りを掴めずにいるらしい。


 だけどボクには分かる。

 半年も一緒に行動したから、彼らが使っていた獣道はある程度、知っている。

 なによりもボクは、ギルドでの騒動の最中、二人に霊を付かせていた。

 その反応を探って行けば、ほら。

 夜の森を歩き続けるグレドとエンデルを発見した。


「なあ、いい加減、休憩しようぜ。ここまでは来ないだろ?」


「そうですね。ここなら、もう安心でしょう」


 二人は腰を降ろして、リラックスした表情になる。


「もうすぐ国境だ。よその国まではさすがに手配書は回らないだろう」


「ええ。冒険者ギルドといえど、情報の共有には限界があります。国を跨いで手配するには、かなりの金がかかります。あの町の領主にそこまでやる気があるとは思えませんから」


「あの町には長くいすぎた。そろそろ潮時だと思っていたから丁度いいぜ」


「銀勲章を逃したのは惜しいですがね」


「なぁに。名前を変えて再登録して、また実績を稼ぐさ」


 もう完全に逃げ切ったつもりになっている。

 いいぞ。

 そういう油断しきったところをドン底に落とすほうが楽しい。


 死霊術師の力を解放。

 デスワームの霊を召喚。


「な、なんだ? 急に月が見えなくなったぞ……?」


「巨大な影が……こ、これはまさかデスワーム!? どうしてこんなところに!」


「はぁ!? ダンジョン深層とかにいる奴だろ……レベル50程度の俺らが勝てるわけがねぇ!」


 町でトップクラスの冒険者といっても、しょせんはこの程度だ。

 普段出会うことのないモンスターとの遭遇に慌てふためき、みっともなく逃げ出した。

 ボクはデスワームを操って、彼らが向かう先を誘導する。


「……お、追ってこないみてぇだな。諦めたのか?」


「だといいのですが……それにしても、なぜデスワームが……」


「さあな……ダンジョンの奥にいるモンスターが、なにかの拍子に地上に出るってのは、あり得ねぇ話ではないらしいが……」


「今更ですが、さっきのデスワーム、うっすらと透けて見えませんでしたか?」


「お前にもそう見えたか……」


「まさか幽霊じゃありませんよね?」


「はっ! モンスターの幽霊なんて聞いたこともねーぜ。しかし幽霊といえば、この崖を見て見ろよ。半年前、あいつが落ちた場所じゃねーか」


「ああ、そう言えば、そんなこともありましたね。あなたが逆上して殴ったせいで楽しめませんでした」


「そのあと物乞いのガキを死ぬまで犯したんだからいいだろ」


「いえいえ。容姿がまるで違います。私は美しくて幼い少女の穴という穴を蹂躙して、自分から殺してくれと懇願してくるまで犯したかったのです」


「まったく、お前は楽しそうなことを思いつく天才だぜ」


 デスワームが見えなくなったことで、二人に談笑する余裕が生まれた。

 そのとき。

 崖の縁から腕が伸びて、グレドとエンデルの足首を掴んだ。


「冷たっ! なんだ……腕!?」


「な、何者ですか!」


 グレドは剣を振り下ろして腕を切断しようとする。が、剣は素通りしてしまう。手応えのなさにグレドは混乱し、何度も何度も振り下ろした。


「掴まれてるって感覚はあるのに、なんで斬れねぇんだ!?」


「私がやります!」


 エンデルが攻撃魔法を放ち、崖の縁を削り取った。崖からぶら下がって腕を伸ばしていた何者かはバラバラになって死ぬ……普通ならそうだ。

 しかし――。


「う、浮かんでやがる……」


「風魔法の類い……いえ、そういうのとは違います……それに半透明……」


 唖然と見つめる二人の前で、その人影はケタケタと笑いながら顔を上げた。

 ボクのゴーストだ。

 こんな夜に、半透明の子供が浮かんでいるというのは恐ろしい光景だ。

 まして、それが半年前に自分たちが殺した相手だったら、恐怖は何倍になるだろうか。


「よくも騙してくれたな……よくも殺してくれたな……」


 ゴーストは二人に接近し、その体を踊るように素通りしてから姿を消す。

 入れ替わりに、茂みから本物のボクが立ち上がる。


「てめぇ……化けて出てきやがったのか……逆恨みしやがって! てめぇがクソ特性を引かなかったら、俺だって殴ったりしなかったんだ。俺らは儲けたし、てめぇは生き延びられた。それをぶっ壊しておきながら幽霊になって復讐しにくるなんて、特性だけじゃなくて性根まで腐ってやがるぜっ!」


「よくもまあ、そんなに舌が回るものだね」


 ボクはゆっくりと近づいていく。

 グレドは必死の形相で剣を振り回した。ボクは魔力障壁も張らず、回避もしない。刃が肩に当たった。衝撃で折れたのは刃のほうだった。


「ば、化物……!」


「逃げようったって、そうはいかないよ」


 グレドの膝を蹴飛ばしてやった。骨が肉を突き破って飛び出すほど。


「ぎゃあああああああっ!」


 夜の森に響き渡る悲鳴。

 人間はこんなにも汚い声を出せるのかと感動してしまう。

 でも、まだまだ足りない。


「わ、私は殴っていません……あなたを殴ったのはグレドだけだ! 私は関係ない!」


 エンデルは背を向けて走り出した。


「逃がさないってば」


 デスワームの霊を出して、道を塞いでやる。


「急に現れた……まさか、あなたがデスワームを召喚し、操っているのですか!?」


「そうだよ。ボクは力を得た。あなたたちがクソ特性と断じた『レベル1固定』を使ってね。どのくらい強くなったか、その体に教えてあげる。簡単には殺さない。ボクは回復魔法が得意なんだ。今夜は寝かさないよ」


 ボクは思いつく限りの方法で二人を痛めつけた。

 骨を折ったり、すり潰したり、抉ったり、ひん曲げたり。

 二人とも、すぐに「殺してくれ!」と叫ぶようになったけど、そんな願いを聞いてやる理由はない。

 朝までたっぷり、何時間もかけて、じっくりと殺した。


 そして捻り切った二つの首を、冒険者ギルドに持っていく。


「賞金首、グレドとエンデルだ。この実績をもってして、ボクを冒険者ギルドの会員にして欲しい。ボクの名前は、ナオト・キサラギだ」


 こちらの世界での名ではなく、前世の名を告げた。

 復讐を終えた。

 とても清々しい気分だ。

 今日からボクの新しい日々が始まるのだ。

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外れ特性『レベル1固定』は最強でした 年中麦茶太郎 @mugityatarou

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