第3話

 小さなアパートの窓辺には春の夕焼けの光が注ぐ。

由真ゆまがしばらく切ってない髪を邪魔にならぬように一つに結え、伏せ目勝ちの眼差しをしていると着ているスウェットすらミケランジェロが造ったようだ。

 由真の長い指が一枚一枚白い餃子の皮の縁をなぞり角度を斜めにする。

 湯気が鍋から立ち昇り始めた。換気扇の音が一定のリズムを刻む。そこに合わせるように掌に載せた皮に捏ねたタネを落とし、指が器用に動く。

夜目がきくのか明かりもつけずに一皿分の餃子を包んでしまう。

 煌々と明るい居間で、サッシを開いて屋外に紫煙を吐き出している阿佐見あさみは同じようなスウェットをだらしなく着て由真の手元を見つめている。

 シンクの下から次の皿を出す由真は阿佐見を振り返る。目線が合うと由真が目を細める。

 安アパートの薄い壁越しに隣室の小学生の話し声が聞こえた。母親は夜勤に出るらしい。色々といい含めてる響きの声が聞こえる。

「隣にお裾分けとかさ、したことある?」

由真の言葉に、阿佐見は咽せた。しばらく外に向かって咳をしてから、サッシを閉める。煙草を携帯灰皿に押し付けてから忌々しそうに由真を睨んだ。

「ガキに勝手になにか食わせてアレルギーとかあったらどうするんだ」

由真は不意をつかれたといった調子で「ん?」と声をあげる。

「餌付けは懲りてる、とでも言うかと思った」

 由真は餃子の耳を摘んで、たっぷりの湯が沸いた鍋に丁寧に落としていく。

「昔のことは思い出させるなよ」

———……一言一言、言い含めるようにして整った柔らかい唇に飴を押し付けた。白い歯が開いて指ごと飴を咥える。


 由真がこちらを見ているのに気づくと阿佐見は鬱陶しそうに手で払う仕草をする。由真はまた鍋へと目線を落とす。

阿佐見は部屋の中央にある安いソファに座り、ローテーブルに載せていた飲みかけの缶ハイボールを手に取った。

「ちゃんと近所に挨拶しないと何かあった時孤独死って言われそうだけど」

由真の言葉を聞くと阿佐見は心底嫌そうに眉を寄せる。

「どう考えても俺がグルーミングしてると思われて通報されるリスクの方が高いだろ。それに……」

ハイボールの缶を一気に傾けると、喉が鳴る。

「一人で死ねば何をしたって孤独死だ」

 阿佐見が缶を置いて唇を拭うと皿に水餃子を持った由真が隣に立って顔を覗き込む。阿佐見は胸を押し除けるようにして立ち上がった。

由真は息を吐き出し、ローテーブルに餃子を置いて座り込んだ。

「二人で死んでたらなんていうのかな」

「それは不審死だろ」

 由真はハイボールの缶を開けながら笑った。そして、「いただきます」と手を合わせる。阿佐見は由真の手を眺めてからその隣に座り直した。



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遊牧生活 あまるん @Amarain

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