第2話
四月の午後の日差しが降り注ぐ桜並木、眺める枝はまだ花がつく前なのにまるでもう咲いたように輝いてみえる。
「死ぬ時は桜の下がいいな……」
遠くを見るだけで春のような麗らかな空気感を出しているのは由真(ゆま)。三十代に差し掛かる男で着ているのは毛玉のついたスウェットの上下の癖に、スタイルだけできちんと感を出していた。
「まだ咲いてないぞ」
冴えないシャツ姿にデニムを着た吊り目の男は阿佐見(あさみ)。由真の風上側に立ち、周囲のスマホのレンズを睨みながら紫煙を燻らせている。
「咲いたら死んでもいい、みたいな話じゃないんだよ」
由真は煙くて見えない、とぶつぶつ言いながら並木の横のお堀を覗き込む。お堀の鯉が人影に気づいて水面に浮上してきた。
「どうせ花なんて興味ない癖に」
目線の高さが変わらない阿佐見が由真へと視線を流す。
「そんな日本人いるわけないだろ。散らない桜とか落ちない林檎みたいなもんだよ」
「どうだか」
阿佐見は由真が鯉に手をひらひらと振っているのをみてまた眉を寄せる。
並木道の中にあるテイクアウト専門のカフェを見ると阿佐見は煙草の吸い殻を携帯灰皿に押し込んで、アイスコーヒーを二つ買って戻ってきた。
「おい、撮影会じゃねぇぞ」
知らない女性二人の真ん中に立って写真を撮っている由真に、阿佐見は低い声で話しかける。
由真が笑顔で女性たちに手を振って別れ、阿佐見は忌々しそうにお堀の傍らのベンチに腰を下ろす。
「いい加減SNSで炎上しろ」
「八百屋のお七みたいに?」
阿佐見の言葉に由真は笑って返す。
「自分で火をつけてんのかよ」
由真を睨み上げる阿佐見に、由真は知らぬ顔でアイスコーヒーのカップを啜る。
「健気じゃん」
「人の迷惑考えろって話だろ」
阿佐見は冷たく言って己のカップをぐいと傾ける。
「でもまだ桜は咲かないし、誘う口実はそのくらいしか」
「火事場見物でデートしてどうするんだよ」
「吊り橋効果がありそうだし、俺はそこに最後の望みをかけるね」
阿佐見は己の真っ直ぐな前髪をグシャリと後ろに流した。
「江戸で火事だと本当に最期だろ。桜見てから死ぬって話はどうしたんだよ」
「捕まって、そこで桜が咲いてるのを獄中で見るんだよ」
由真はゆっくりとアイスコーヒーを飲み、阿佐見の隣に佇む。
「お前の売りは儚さじゃないからな?」
一応のように阿佐見は言って由真の座るスペースを開ける。
由真はまだ蕾見えぬお堀の桜並木を見上げる。
それから少し空いたスペースに半分だけ尻を乗せるようにして阿佐見の隣に座った。
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