妹になった同級生

シオン

妹になった同級生

 早川沙季。16歳。同級生。

 クラスの席が近くてよく顔を見ることが多い。その席で同じグループで昼食を食べていると結構な確率で俺の席に座られるので正直鬱陶しい。

 しかし特別話すような関係ではないただの同級生……だった。


「ねぇお兄ちゃん。今日は何食べる?」


 どうしてこうなったか、その早川沙季は俺の家で俺の妹のような振る舞いをしていた。俺は現実から逃げるようにそれまでの経緯を思い返した。


 あれは早川に告白されたことだった。「あなたのことを虫ケラのように思ってました」とかそんな告白じゃない。そんな告白をする奴はトイレの底に沈んでしまえばいい。

 予想通り愛の告白だ。ベタなシチュエーションだが校舎裏に呼び出されて、少し気まずい雰囲気の中早川はこちらを見て言った。


「あなたのことを愛しています」


 告白自体悪い気はしない。しかし、早川と恋人関係になるイメージが湧かなかったので俺はバッサリと断りの言葉をかけた。そりゃ後腐れないくらい手酷くフった。

 今にして思えば後に報復される恐れもあったので馬鹿なことをしたと思ったが、問題はそこじゃない。


「あのね、弁当作ってきたの。原田君食べてくれる?」


 当然原田とは俺のことだが、早川は振られた翌日に手作り弁当を手渡してきた。その時俺はこの女は頭がおかしいのかと思った。

 俺はその弁当を受け取らず、それから近眼を理由に席を変えてもらうなどして距離を取ろうとした。

 しかし早川は「この前釘を目にブッ刺して」とよくわからない理由で俺の隣の席まで移動してきた。学校なんか来てる場合じゃなかろう。さっさと入院しろ。目と頭の。


 それから早川は俺の側から離れなかった。毎日手作り弁当は持ってくるし(その度に受け取らない理由を考えたものだ)、交換日記を始めたがり、仕舞いには「彼女です(はあと)」と公言した日には教室の窓から突き落としてやろうかと思った。


「おい、いい加減にしろ。お前のそれは度を越している」


 俺は早川の恋人アピールにとうとう我慢ならずストレートに言った。流石に堪えたのか早川は少しシュンとしていた。


「迷惑だったよね。今までごめん」


 それから数日の間早川は大人しくなった。手作り弁当も持って来なくなり、話しかけられることもなくなった。その代わり考え事をすることが多くなり、授業中もノートを取らず何やらブツブツ言って怖かった。

 今にして思えば、この時点で警戒するべきだった。


 異変に気付いたのは今朝だった。

 朝起きると手を後ろに拘束されていた。ビニール紐のようなもので固く結ばれていた。足も同様だった。

 芋虫のようにウゴウゴとしか動けず、ベッドから出ようとしてベッドから落ちた。


 すると部屋の扉が開いた。両親の悪ふざけかと思って睨みつけたが、その正体は早川沙季だった。

 早川はエプロン姿で包丁を持っていて、頬に少し赤い液体が付いていた。目は虚で焦点が合っていない。


「何してるの?お兄ちゃん?」


「俺はお前の兄ではない。兄と呼んで欲しかったらこの拘束を解いて刃物を捨てろ」


 まるで殺人者を相手するような口ぶりをしてしまったが、概ね間違ってないので訂正はしないでおいた。

 早川は何がおかしいのかクスクス笑う。まるでサイコパスだ。


「お兄ちゃんは本当に面白いよね。殺してしまいたいくらい」


「よせ、少子化を無意味に加速させようとするな」


 早川の逆鱗に触れたようで顔は笑っているのにめちゃくちゃ怖かった。とりあえず弱気にも下手に出ることにした。


「腹が空いた。手足が拘束されては飯も食べれない。一緒に食べるためにも良かったらこの紐を解いてくれないか?」


 下手に出るどころか充分大柄だった。これでは殺されてしまう。

 しかし早川は機嫌を良くしたのか、少し威圧感は和らいだ。


「拘束は解けないけど、ご飯を食べるのは賛成。今持ってくるね」


 それから早川が持ってきた朝食は8割程肉だった。残りの2割はご飯と少しばかりの野菜だった。


「何故こんなに肉ばかりなんだ。朝は軽くてよい」


「お肉が余っていたからね。冷蔵庫に入らなかったから朝の内に焼いておいたよ」


 早川は手足が拘束されていることを良いことに飯を無理やり食べさせてきた。状況がサスペンスなのでこれはある意味虐待である。

 そして肉が絶望的に不味かった。固いし味も不味い。


「この肉はなんだ?不味すぎるぞ」


「このお肉はあなたの」


「もういい、それ以上言うな」


 この家に俺と早川しかいない時点である程度察しはついていた。

 まさかこんな最期を迎えるとは思わなかったろう。


 そして今に至る。早川はさっきから俺の後ろから抱きついて離れない。手足を動かせない以上抵抗すらできなかった。


「早川、何故俺の妹を自称する?」


「今の私は原田沙季、沙季って呼ばないと嫌な目に遭うよ?」


「それがお望みならさっさと両親と同じ場所へ葬れば良い。早川よ、何故こんなことをする?」


「……原田君が私を拒むからいけないんじゃない」


 早川は妹から同級生に戻っていた。心なしか、少し狂気も控えめになった。


「あの時私の告白を受け入れてくれたらこうはなっていないよ?」


「あぁ、もうちょっと上手くやるべきだった」


「あの時の原田君の言葉、痛かったよ」


「馬鹿か、あれが俺の優しさだ」


「「この俺に惚れるとはお前の価値観は野生の猿並みだな」って普通女子に言わないよ」


「猿扱いされて喜ぶ変態はいないからな」


「ウキー」


 早川は一層抱きしめる腕を強くした。


「ねぇ、私達やり直せない?」


「無理だ。お前はジョークで済む範囲を軽々超えてしまった。残りの人生を刑務所で過ごすといい」


「そう」


 早川は抱きしめる腕を解いて俺の前に立って見下ろした。それはまるで捕食者の目をしていた。


「私、今夢の最中なの。大好きな人の妹になれて一緒の家に住んでる。それが儚いものだとしても、その夢をできる限り見ていたいの」


「その夢もきっとすぐ覚めるぞ」


「良いの。だから、夢が覚めるまで私に付き合ってね」


 早川は屈んでキスをした。その表情は、とても幸せそうには見えなかった。

 そうしてこの事件の結末までこの悪夢は続いた。あまり長くは続かなかったがね。



おわり

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