第23話「モルメント湿地帯」
あたしとヴァレリーさんが地下鉄列車を降りて到着したのはカロリナという比較的小さな町だった。
このカロリナの町から南にあるモルメント湿地帯を抜けると、ゼノがいるビストリツァ州に辿り着ける。
湿地帯にはモンスターがウジャウジャいるとヴァレリーさんが言っていたのだけれど、それゆえか、彼女は町を出てから口数が極端に少なくなっていた。
彼女は大きなトランクケースを重力魔法で無重力にして、ふよふよと宙に浮かせていた。
あたしはヴァレリーさんの魔導士としての実力に改めて感心しながら、彼女の後ろを付いていった。
「――ここからがモルメント湿地帯ですわ。周囲には十二分にお気を付けあそばせ」
「はいっ」
あたしは左肩に担いでいる荷物を背負い直すと、右手に持っているマジックワンドを強く握り直した。
湿地帯は地面がぬかるんでおり、普通の靴では歩くのも困難な道のりである。
あたしはヴァリアンター協会から丈夫なブーツを支給して貰ったけれど、ヴァレリーさんは機能性とデザインの両方を兼ね備えたショートブーツを履いている。
そんな高価そうな靴を履いて汚れないのかな? と思いきや、なんと彼女は自身の体を無重力で浮かせつつ、前方に重力を発生させて地に足を付けずに進んでいるではないか。
その方法なら靴は汚れないし、湿地帯に足が取られる事もない。
……ず、ずるいですよ、ヴァレリーさん。
しかし、地味な魔法に見えても、かなり高度な魔力コントロールと相応の魔力が必要な事は想像に難くない。
あたしはもう何度目かわからない尊敬の眼差しを、彼女の背中に向けていた。
しばらく湿地帯を歩いていると、不意にヴァレリーさんが動きを止めた。
「どうかしたんですか?」
あたしが彼女の背中越しに話し掛けて見た。
「――出ましたわ」
「出たって、一体何が――」
あたしがヴァレリーさんの視線の先を追うと、そこにいたのは一見するとあたし達と同じ人間の形をした、何かだった。
「あれって……?」
「――グール、ですわね」
グールって人の死後に魂が抜けて、それでも肉体が活動を続けているという、アレよね?
「あれは倒さなくていい、なんて事はないですよね……?」
あたしは恐る恐る聞いてみると、ヴァレリーさんは小さく首を縦に振った。
「残念ながら、あれもヴァリアンターの討伐対象ですわ」
人間も動物と同じく、瘴気を浴び過ぎるとモンスター化するとは知識では知っていたけれど、こうして実際に見るのは初めてだった。
「アアァァアァアァ…………」
グールは低い呻き声のようなものをあげながら、ゆっくりとこちらへ向かって来る。
「ヴァレリーさん、あたしにやらせてくれませんか?」
そう言って、あたしはヴァレリーさんの横に並び立った。
「よろしいんですの?」
「アレくらい倒せなくちゃ、一生ヴァレリーさんには追い付けそうにないですから」
あたしは強がりを言いながら、抜刀の構えを取った。
「……わかりましたわ」
ヴァレリーさんは少しだけ後退して、あたしに機会を譲ってくれた。
「ありがとうございます」
あたしはこちらへ近づいてくるグールの動きをよくよく観察してみる。
ヤツの体は節々が腐っており、周囲にはハエがたかっている。
脳も腐っている所を見ると、手や足を斬り飛ばした所で痛みを感じずに動き続けるのだろう。
狙うとすれば、首から上を跳ね飛ばす以外にない。
それも一撃で、だ。
攻撃を外せばグールの攻撃にやられてしまう。
勝負は一瞬、スピードが命。
あたしはタイミングを見極めると、グールに向かって疾駆した。
「ウガァァ!!」
グールが妙な叫び声を上げながら、両腕を大きく振りかぶってあたしに襲い掛かって来る。
あたしはグールの攻撃を寸での所で右に縦回転して避けると、そのまま遠心力を利用して抜刀する。
「ローズ流抜刀術、『
あたしが逆手抜刀による回転斬りを放つと、グールの首から上がゴロンと地面に転がった。
頭部を失ったグールの体はビクン、ビクンと奇妙なダンスを踊るように動いていたが、やがて活動を停止して胴体も湿地帯に倒れた。
うぅ……見ていてあまり気持ちの良い光景じゃないわね……
あたしは鼻をつまみながら、PRISМを倒れたグールに触れようとして、手が止まった。
くっさ……
PRISМを肉に触れさせると、腐った肉がPRISМに付着してしまう。
それは精神的にも衛生的にもマズイだろう。
あたしはグールの肉ではなく服の部分にPRISМを触れさせて、瘴気を吸収する。
「さすがですわね、レティさん」
グールを倒したあたしの元にヴァレリーさんが近づきながら、労ってくれた。
「まあ、これくらいの相手なら――」
そう言いかけた直後、あたしは自身の目を疑った。
「う、ウソ、でしょ……?」
湿地帯の奥の方から、十数体のグールの群れがこちらへ接近していたのだ。
「残念ながらこれは現実ですわ。グールはDランクモンスターで、コロッサルビーよりは弱いとされています。けれども、ああやって群れる数はコロッサルビーよりも多いんですの」
グールの元は人間である。
その上、見た目がグロく、臭いもキツい。
さらにはコロッサルビーよりも得られるポイントが少ないとなれば、可能な限り戦いたくはない相手だった。
ヴァレリーさんが湿地帯を避けて通りたいと言っていた理由を今、はっきりと理解したわ……
「す、すみませんでした、ヴァレリーさん……あたし、知らない事とはいえ、こんな……」
「いいんですのよ。どのみち、グールを放っておくわけには参りませんから。誰かがやらなければならない事なのです」
ヴァレリーさんはそう言ってのけると、あたしの前に出た。
「あれだけの数を相手にするのはレティさんでも骨が折れるでしょう。ここはわたくしが――」
ヴァレリーさんがそう言いかけた直後、グールの群れが突然炎に包まれて燃え盛っていた。
「……な、何が起こったんですか……?」
あたしはわけもわからず、ヴァレリーさんの背後に問いかけた。
「この暑苦しいまでの炎、そしてこの威力……もしやこれは――」
あたしはヴァレリーさんの隣に並ぶと、彼女の顔を盗み見た。
え……?!
あ、あのヴァレリーさんが、冷や汗をかいている……?
いつも優雅で華やかな彼女にこんな顔をさせるなんて、一体何が起こったというの?
「――っと、誰かと思えば『ゼロ・グラビティ』じゃねぇか」
グールが燃えている炎の中から、若い男性の声が聞こえて来た。
まさか、グールが喋っている……?
ううん、そんなはずはないわ。
となれば、この声の主があの大量のグールを一瞬で燃やし尽くしたという事なの……?
「やはり、あなたでしたか……」
ヴァレリーさんは炎の中から出て来た男性にそう呟いていた。
「スペリオル第3位、『
スペリオル第3位……?!
あたしは今日というこの日、彼と出会った事を後に死ぬほど後悔する事になるのだった。
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