第22話「初めての地下鉄」

 ゼノがビストリツァ州にいる――


 その情報を得た翌日、あたしは初めて地下鉄列車というものに乗車した。


 セリーナさんからゼノの居場所を聞いたあたしは、ヴァレリーさんにビストリツァ州までの行き方を教えて貰うと、ちょうど彼女もビストリツァ州へ用事があるとの事で、一緒に連れて行ってもらう事にしたのだ。


「――は、速い速い……!!」


 あたしは窓側の席で、窓の外の地下トンネルを眺めていた。


 トンネル内は薄暗いが、所々に照明が付いているので何も見えないという事はない。


 乗車する時は心臓がドキドキと高鳴っていたのだけれど、実際に乗車してその速度を体感するとより胸が高鳴ってしまう。


「落ち着いて、レティさん。はしゃぎ過ぎですわ」


 あたしの隣に座っているヴァレリーさんは、まるで子供をたしなめる親のような眼差しを向けていた。


「す、すみません、つい……」


 あたしは鼻の頭を人差し指で撫でながら、姿勢を正して前に向き直った。


 列車には二人掛け用の椅子が互いに向かい合うように設置されており、それらが一つの車両に二列になって並んでいる。


 あたし達は進行方向に向かって座っているが、その反対側に座っていた若い男性は、あたしが騒がしかったのが気に入らなかったのか、別の席に移って行った。


「……こ、この列車はコメルツールまでの直通ではないんですよね?」


 あたしは失態を取り繕うようにヴァレリーさんに話し掛けた。


「ええ。コメルツールに行くにはモルメント湿原という大きな湿地帯がありますから、その手前の街で行き止まりですわ。本来なら湿地帯を馬車で迂回してコメルツールを目指したいのですけれど……」


 いくら大陸の文明が島よりも進んでいるとはいえ、まだ湿地帯の下に地下鉄を走らせるほどの技術はないらしい。


「湿地帯は瘴気が濃い場所なんですよね? いいじゃないですか、あたし達はヴァリアンターなんですから。モンスターを倒しながら湿地帯を徒歩で突っ切ってコメルツールを目指す、って事で」


 しかし、ヴァレリーさんはあまりよい顔をしなかった。


「そんなに強いんですか? 湿地帯のモンスターって」


 あたしは素直に疑問をぶつけてみる事にした。


「いえ、強さ自体はそれほどではありません。ただ……」


 何だろう、ヴァレリーさんにしては珍しく歯切れが悪い。


「ただ?」


「……いえ、こればかりは実際に見て納得していただく他ありませんわね。遅かれ早かれ、知る事になるのですから」


 ヴァレリーさんは諦めたように嘆息していた。


 湿地帯には一体何が待ち受けているのか?


 ま、どうせこの訪れる事になるのだから、今は気にしても仕方がないか。


 ヴァレリーさんもそう思ったのか、違う話題を振って来た。


「ところで、ゼノハルトさんとはどういう方なんですの?」


 それは、あたしの方が知りたいくらいだ。


「あたしもよくわからないんです。出会ってから4日目で別れてしまったものですから……」


「まあ、そうでしたの?」


 ヴァレリーさんはやや目を見開いてそう言った。


「それなのにそんなに必死になって探していらっしゃるなんて、特別な想いでもあるのですわね」


 ヴァレリーさんは一人で勝手に何かを納得しているようだった。


 まあ、特別と言えば特別と言えなくもない。


 彼がいなければあたしが島から出る事は出来なかっただろうから。


 いくら目的の為とはいえ、全ての罪を被ってあそこまで出来る人間は、そうはいない。


「ゼノもそうなんですけど、彼と一緒にいるであろうリスのエミリーがあたしの家族も同然の存在で……どうしても再会したいんです」


「リス、ですの? そういえば、以前もそのような事を仰っていましたわね」


 それからしばらく、あたしはヴァレリーさんと雑談に花を咲かせた。


 ゼノと一緒だったらこうはいかないんだろうけれど、ヴァレリーさんは引き出しが豊富で色んな話をしてくれた。


「へえ……それじゃあ、ヴァレリーさんがコメルツールに行くのはそのフェオドラって女性ひとに会う為なんですか」


「ですわ。フェオドラさんの妹がわたくしと同い年でスペリオルで第8位なんですの。姉のフェオドラさんはわたくしよりも2つ年上でして、とっても尊敬出来る方ですのよ」


「スペリオルの妹さんとはお知り合いではないんですか?」


「もちろん顔見知りですけれど、スペリオル同士だからと言って仲良しこよしではありませんのよ? わたくしが言うのもなんですけれど、皆曲者揃くせものぞろいと申しますか……まあ、会えばわかりますわ」


 何だか、今日は話をはぐらかされてばかりのような……


 ヴァレリーさんの言うとおり、あたしが自分の目で確かめるっきゃないって事よね。


「――さ、そろそろ着きますわよ。降りる支度をしましょう」


 ヴァレリーさんに促されてあたしは荷物をまとめると、列車が完全に停車して駅のホームへと降り立った。


「……あれ?」


 あたしは地下鉄ホームで違和感を感じると、その場に立ち止まった。


「どうしたんですの?」


「ヴァレリーさん。この駅って終点なんですよね?」


「そうですわ」


「でも、この先にもまだレールが続いていますよ?」


 あたしは線路の先にある真っ暗な地下鉄の先を指差した。


「その先は車庫ですわ。終電後はそこに車両が保管されますの。それから、貨物列車の積み下ろしなどもこの先で行われていますわね」


「貨物列車なんてあるんですか?」


「ええ。地下鉄が出来てから帝国の物流事情も大きく変わりましたわ」


「へえ~……」


 あたしはひとしきり感心すると、ヴァレリーさんと共に地上へ出た。


 列車の降車駅は基本的に街や村の中にしかない。


 地上に線路を引こうとすればモンスターに邪魔されるからだ、というのがその理由である。


 仮にモンスターを跳ねのけながら線路を引いたとしても、列車走行中や地上駅でモンスターに襲われたら乗客の命に関わる。


 そうした事情があって、魔法を使って地下トンネルを掘り、地下鉄が出来たというわけだ。


 地下鉄の構想自体はPRISМを開発したCМI社が発案したものらしいのだけれど、列車そのものを開発したのは何を隠そうあたしのおじいちゃんだという。


 魔導工学の第一人者にして、CМI社社長の共同研究者。


 それが本に書かれていたあたしの祖父、タナシス・メルクーリ博士の正体だったのだ。

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