第3章:決意と少女

第21話「朗報」

 ヴウウウゥゥゥン……


 あたしの上空を大人の上半身くらいはある数匹の蜂が飛び交っていた。


 コロッサルビーと呼ばれるモンスターである。


 単独であれば大した事はないモンスターなのだけれども、コイツらは群れる。


 さらにコイツらのお尻の先には、当たったら即死級の毒針が仕込まれている。


 すぅ……


 あたしは大きく息を吸うと、眼を閉じて抜刀の構えを取った。


 ヴウウウゥゥゥン!!!


 数匹の蜂が好機と見たのか、あたしに向かって一斉に襲い掛かって来る。


「――ローズ流抜刀術、『桃散華とうさんげ』!!」


 あたしは眼を見開き、息を吐くと、仕込み杖から刀を逆手に抜きざま高速の乱撃を繰り出す。


 向かって来た蜂共は刀に切り刻まれ、無残にもその体を四散させた。


 ――――ふぅ。


 あたしは刀を納刀すると、散らばっている蜂の体にPRISМを当てて瘴気を吸収させた。


 PRISМはまばゆいばかりの虹色に輝いており、そろそろ交換時だと告げていた。


「さて、今日はこれくらいでいいかな」


 あたしは一人、州都アルタの外れにある草原の中でそう呟いていた。


 書架でおじいちゃんの業績を調べてから1週間が過ぎていた。


 あたしは相変わらず州都の周辺でモンスター狩りをしている。


 ヴァレリーさんに「CМI社の本社のある皇都へ行きたい」と告げると、「路銀が必要だ」と諭されたからだ。


 ここロンガリア州から皇都まではかなりの距離があり、さすがにそこまでの旅費をヴァレリーさんに全て出してもらうわけにもいかない。


 ならば自分の足で稼ぐ他ない。


 ゼノとエミリーの行方もまだわからないし、もしかしたら皇都という情報の集積地へ行けば何か手がかりがあるかもしれない――


 そんな事を考えながら、あたしは州都アルタへと戻って行った。


 ここへ来た時は人の多さ、建物の多さに驚いたものだけれど、慣れとは怖いものね。


 半月以上もこの街に住んでいると、もうほとんど何も感じなくなっている。


 あたしは真っ直ぐにヴァリアンター協会のセリーナさんの所へ向かった。


「こんにちはー」


「あ、レティさん。いらっしゃいませ」


 協会の入り口を入ると、セリーナさんがカウンター越しで満面の笑みで出迎えてくれる。


 モンスター狩りの疲れも、彼女の笑顔でいっぺんに吹き飛んでしまうのだから、彼女の笑顔こそが魔法のように思えて来る。


「PRISМの交換をお願いします」


「はい、承りました」


 あたしはPRISМをセリーナさんに渡すと、彼女は小さな球状の計測器具にPRISМを入れて、ポイントを計測していた。


「……な、780ポイント、ですね」


 セリーナさんは目をぱちくりしながら計測器具の測定を凝視していた。


「――と、いう事は?」


「は、はい。前回のポイントと合わせて、累計で1000ポイントを超えましたので、レティさんはEランクに昇格です」


「やたっ!」


 ふふん、これで最底辺ヴァリアンターからは卒業ねっ。


 あたしはほっと胸を撫でおろした。


「本当に、信じられませんよ……魔導士でもないのに2週間でEランクに昇格だなんて」


 セリーナさんは新しいPRISМをあたしに手渡しながら、ボヤいていた。


 あたしがさっき倒した蜂はDランクで最も強いとされているモンスターだ。


 それをあっさり倒せるのだから、あたしの実力はCランクくらいあってもおかしくはないと思うのだけれど、規則は規則。


 地道にポイントを集めるしかないのよね。


 どれくらいのポイントを集めれば昇格するのかは、支部の掲示板にある貼り紙を見れば分かるようになっている。


Fランク :   0ポイント(入会時~)

Eランク :1000ポイント(3ヶ月目)

Dランク :5000ポイント(6ヶ月目)

Cランク :  2万ポイント(1~2年目)

Bランク : 10万ポイント(2~3年目)

Aランク : 50万ポイント(4~5年目)

Sランク :100万ポイント(6~8年目)

SSランク:200万ポイント(10年目~)


 カッコ内は昇格するのにかかる平均的な年月らしい。


 累計とはいえ、SSランクになるには200万ものポイントを集めなければならず、10年以上かかるというのだ。


 ヴァレリーさんクラスになると、一度に大量のモンスターを討伐出来るから2~3年でSSランクになっちゃうらしいけれど、あたしレベルだと頑張っても5年はかかりそうである。


「これもセリーナさんのお蔭ですよ。いつもその笑顔に癒されてますから」


「まあ、そう言って貰えると私も嬉しいです」


 セリーナさんは満更でもない様子で微笑んでいた。


「――あ、そうだレティさん。朗報があるんですよ」


「朗報?」


 あたしは新しく受け取ったPRISМを左手首に嵌めながら復唱した。


「レティさんの探し人、ゼノハルトさんの居場所が掴めたんです」


「ほ、本当ですかっ?!」


 あたしは思わずカウンターの向こうにいるセリーナさんの方へ身を乗り出していた。


「は、はい」


 セリーナさんはあたしの勢いに戸惑いながらも、事情を話してくれた。


「このロンガリア州の南にあるビストリツァという州があります。そこの州都コメルツールで『ゼノハルト』と名乗る方がヴァリアンターに登録されているが確認出来ました。登録された時期もレティさんと同じくらいだったそうですよ」


「………………あぁ」


 あたしは思わずその場にしゃがみ込んでしまった。


 ゼノ、生きてたんだ……


 良かった、本当に良かったぁ……


「だ、大丈夫ですか、レティさん?」


 頭の上からセリーナさんの心配する声が飛んで来た。


「は、はい……すみません、見っともない所をお見せして……」


 あたしはヨロヨロと立ち上がった。


「一応確認ですけど、エミリーという名前のリスは会員登録されてないですよね?」


「リス、ですか? さすがに人以外は会員登録出来ませんから……」


 セリーナさんは困ったように、しかし真面目に答えてくれた。


「はは、ですよね……」


 ゼノハルトという名前は多分、この帝国においても珍しい名前のはず。


 同名の別人という可能性もゼロではないけれど、モンスター討伐ランキングを目指していて、最近登録されたゼノハルトという人物が、彼以外にいるとも思えない。


 ゼノが生きているのなら、エミリーもきっと生きている。


 皇都へ行く前に、まずはそのコメルツールという街に行く必要があるわね。


「本当にありがとうございました、セリーナさん」


 あたしは腰を90度に曲げて頭を下げた。


「いいんですよ。これもお仕事の内ですから」


 あたしが頭を上げると、セリーナさんは極上の笑みを浮かべてそう言ってくれた。


 ああもう、本当に親切な人達ばかりで……


 あたしは熱くなった目頭を振り払うように、もう一度彼女に頭を下げた。


 少しずつだけれど、確実に前に進んでいる――そんな気がしていた。

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