第17話「PRISМ」

「ローズ流抜刀術、『桃月翔とうげつしょう』!!」


 州都アルタからほどなく離れた草原にて。


 あたしは、低い態勢から孤を描く逆手の抜刀術を繰り出した。


「キシャァッ?!」


 あたしの攻撃を食らった巨大なバッタ――ラージグラスホッパーというらしい――は体を縦断され、左右にパカリと割れて倒れた。


「――お見事ですわ」


 あたしの戦いぶりを見守っていたヴァレリーさんが拍手で湛えてくれた。


「あはは……いや、お恥ずかしいです」


 あたしは出自がアレなだけに、他人から褒められるのに慣れていない。


 一方、この大陸の人々はあたしの出自など知らなくとも親切にしてくれるし、あたしの人格を尊重してもくれる。


 それがあたしには嬉しくもあり、寂しくもさせた。


 この大陸にはあたしを知る者は一人もいない。


 エミリーがいない今、あたしは本当の意味で一人ぼっちになったのだと改めて思い知らされるからだ。


「レティさん、忘れない内にPRISМプリズムをモンスターにタッチさせて下さい」


「――あ、そうでした」


 あたしは左腕の手首に巻いている灰色のブレスレットを、巨大バッタにタッチさせる。


 灰色のブレスレットは巨大バッタから瘴気を吸い取り、色をほんのり虹色に輝かせた。


「これでいいんですか?」


「ええ、この調子で参りましょう」


 あたしが手首に付けているブレスレットはヴァリアンター協会から支給された、モンスターから瘴気を吸収し『エーテルミナ』というエネルギーに変換する装置である。


 エーテルミナというのは帝国のインフラを支えるエネルギーの総称で、百貨店であたしが落ちそうになったエスカレーターはもちろん、照明や地下鉄を動かすのに必要な動力源なのだそうだ。


 あたし達ヴァリアンターが集めたエーテルミナが帝国の人々の生活の役に立っていると思うと、ちょっと誇らしい。


 ――そう、あたしはヴァリアンターになる事が出来たのだ。


 昨日、ヴァリアンター協会でセリーナさんから受けたパッチテストは文句無しの合格。


 その後、協会へ会員登録をしたあたしはセリーナさんからヴァリアンターとして活動するに当たって、いくつかの説明を受けたのだが、その中の一つが瘴気、エーテルミナ、そしてPRISМの関係性である。


 PRISМ――正式名称はPurity Rejuvenation Instrument Sanitizing Miasmaといい、帝国のインフラを一手に担っている巨大企業が開発したこのブレスレットの商品名だ。


 ヴァリアンターはモンスターを倒す。


 倒したモンスターの瘴気をPRISМに吸収させ、エーテルミナに変化させる。


 一定量のエーテルミナがPRISМに溜まったら企業へ返却し、インフラのエネルギーとしてエーテルミナは消費される。


 エーテルミナが空になった灰色のPRISМは再びヴァリアンター協会に預けられる。


 ヴァリアンターは灰色のPRISМを受け取ってモンスターを倒す――という循環システム。


 ヴァリアンターだけでは帝国のインフラをまかなうだけのエーテルミナは集まらないから、企業は別の方法でもエーテルミナを集めているらしい。


「――レティさん、来ましたわよ」


 ヴァレリーさんの言葉どおり、バッタの次は巨大なムカデが現れた。


「うわ、キッショ……」


 島にもムカデはいたけれど、あたしの身長の半分もあるムカデは見た事がない。


「あれはビッグセンチピードですわね。少量ですが毒を持っておりますから、注意なさって――」


「ローズ流抜刀術、『桃乂刃とうがいじん』!!」


 あたしはヴァレリーさんの説明が終わる前に、逆手抜刀術の二連薙ぎで巨大ムカデを三つに切り刻んだ。


「……あらまあ。この程度のモンスターではレティさんの相手にはならないようですわね」


 ヴァレリーさんは驚き半分、呆れ半分にそう言っていた。


「正直に申しまして、魔法の使えないレティさんがヴァリアンターになるのは、わたくしとしては反対でしたのよ?」


 それは何となく察せられた。


 受付のセリーナさんからも、魔法が使えないヴァリアンターの死亡率は魔導士に比べて2倍近いというデータもあると聞かされていたからだ。


「ご心配には及びません。こう見えても故郷では、山に出没するE級モンスターと戦ってましたから」


「まあ、そういう事でしたらその強さも納得しますわね。この草原にいるモンスターはほとんどがF級ですから」


 モンスターには強さによって大まかにランク分けされている。


 F級が最弱ランクで、S級が最強ランク。


 ヴァリアンターにもモンスターと同じくランク分けがされており、今のあたしはFランクだ。


 話を聞く限り、島であたしが倒していたレイジングドッグなんかはE級モンスターらしい。


 つまり、あたしは実力的にはEランク以上あると言ってよいのだろう。


 ちなみにスペリオルであるヴァレリーさんはSSランクという特別ランクで、今のあたしじゃ逆立ちしたって届かない高みにいらっしゃる。


「あたしも早く強くなりたいな……」


 ゼノが目指しているモンスター討伐ランキング1位というのは、このヴァレリーさんよりも強くなるという事を意味している。


 バッタやムカデにビビっているようでは、10年経っても追いつけそうにない。


「焦っても仕方ありませんわ。さっきのラージグラスホッパーが1ポイント、今のビッグセンチピードが2ポイント。E級に上がるには累計で1000ポイント以上稼がないといけません」


 うぅ……あのバッタやムカデを数百匹は倒さないといけないのね……


 魔法が使えれば一ヶ所に集めて殲滅――なんて芸当も出来るんだろうけれど、あたしは仕込み杖の抜刀術しか使えないから、地道にモンスターを狩る以外にランクを上げる方法はない。


「魔法が使えなかったり、初級魔法を使うヴァリアンターであれば、ランクEに上がるのに通常は2~3ヶ月はかかるのですけれど。レティさんの場合は1ヶ月もかからなそうですわね」


 あたしにとっては意外だったのは300年前、全ての魔導士が島へ逃れたわけではないという事だった。


 人間側に味方した魔導士もいるし、私生児などの理由で隠れるように生きて来た魔導士もいる。


 そうした者達は魔導士というだけの理由で、この大陸では長らく差別されて来たという。


 まったく、魔法が使えても使えなくても差別されるなんて、魔導士なんてロクなもんじゃないわよね……


「あの、もう少し強いモンスターいる所へ連れて行ってもらえませんか?」


 セリーナさんに聞いた所、ゼノは州都アルタのにはヴァリアンターとして登録されていなかった。


 念の為、セリーナさんが周辺の協会支部にそれらしき人物がいないか調べてくれている。


 ただ、ゼノとエミリーの居場所がわかった所で、あたしにそこまで辿り着ける実力が無ければ会いには行けない。


 今の内にあたしに出来る事をやって、強くなっておかなければならないのだ。


「そうですわね……それでしたら、もう少し草原の奥へ行ってみましょうか。ですが、その前に――」


 ヴァレリーさんはやや厳しい目付きをしながら、こう続けた。


「ビッグセンチピードの瘴気をきちんと吸収してから、ですわよ?」


「あ、はい……すみません」


 同じ事を二度注意されて、あたしは思わず謝っていた。


 いやホント、ヴァレリーさんに案内して貰って助かったわ。


 でも、いつまでも彼女にばかり頼ってはいられない。


 あたしも早く独り立ちしなくちゃ――


 あたしはムカデにPRISМをタッチさせながら、そう決意した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る