第16話「ヴァリアンター協会」

 ヴァレリーさんのお父上、ドラゴミール大公が治めている州は全部で3つある。


 コリーヌ州、ムンテ州、そして今あたし達がいるロンガリア州である。


 ロンガリア州はドラゴミール大公領の本拠地であり、その州都はアルタという。


 州都アルタのカフェでコーヒーを飲み終えたあたしは、ヴァレリーさんに案内されてモンスター討伐ランキングに参加するべく、州都の外れにある建物まで歩いていた。


「ここがヴァリアンター協会、ですか?」


 あたしが問うと、ヴァレリーさんは首を縦に振った。


 ヴァリアンター協会――


 それがモンスター討伐ランキングを運営している民間企業の名前らしい。


 民間企業とはいっても公共性の高い事業で、正式名称は『公益財団法人ヴァリアンター協会』といい、政府から補助金が出ているのだとか。


 ヴァレリーさん曰く、「"モンスターを討伐して生計を立てている人々を"勇敢なる者ヴァリアンター"と呼び、そのヴァリアンターの中でもランキング上位8名の実力者を"上位者スペリオル"と呼びますわ」との事。


「カフェでも申し上げたとおり、ヴァリアンターになるには資格がいりますの。レティさんにその資格が無かった場合、ヴァリアンターになるのは諦めていただきますわ」


 こればかりは仕方がない、その時はその時だ。


 あたしがヴァリアンターになれなくても、ヴァリアンター協会をマークしていればいずれゼノに会えるはずだから。


「はい、わかってます」


 あたしが覚悟を示すと、ヴァレリーさんは協会の扉を開けて中に入っていった。


 あたしも彼女の後に続く。


 協会内部は比較的狭い空間で、あたしとヴァレリーさん以外は2人しかいない。


 一人はヴァリアンターらしき若い男性で、掲示板を見ながら何やらうんうんと唸っていた。


 もう一人は入口から少し奥に行った所にあるカウンター越しに佇んでいる受付と思しき女性だった。


「――これはヴァレリアーナ様。ようこそいらっしゃいました」


 ヴァレリーさんが協会の中へ入ると、受付女性が丁寧なお辞儀をして出迎えてくれた。


「ええ、セリーナさんもお元気そうで何よりですわ」


 この受付嬢はセリーナさんというのね。


 ヴァレリーさんは今年で20歳になると言っていたけれど、セリーナさんはそのヴァレリーさんよりも2~3歳は年上のように見える。


 それでも様付けで呼んでいるのは彼女が貴族の娘だからか、それとも協会でもトップクラスの実力者だからか。


 きっとその両方、かしらね。


「今日はどのようなご用件でしょうか?」


 セリーナさんはニコニコしながら仕事をしている。


 栗色のミディアムウェーブ髪に、栗色の瞳。


 物腰柔らかそうな表情と、ややゆったりした声色が魅力的な大人の女性である。


「ええ、こちらのレティさんがヴァリアンターになりたいというので、連れて来たのですわ」


 ヴァレリーさんに紹介されて、あたしは慌てて挨拶する。


「初めまして、レティ・ローズです。今日はよろしくお願いします」


「レティさんですね。私はセリーナ・ベルと申します。こちらこそよろしくお願いします」


 ……あぁ、セリーナさんのこの笑顔、癒される~。


 接客用の営業スマイルとはわかってはいても、こんな人が受付をやっているのなら用が無くても毎日通っちゃうわ。


「それでセリーナさん? 早速で申し訳ないのですけれど、テストの方をお願いしてもよろしくて?」


「はい、もちろんです。では、レティさん? こちらへいらしてください」


「あ、はい」


 あたしはセリーナさんの後に続いて、受付カウンターの脇にある個室へと案内された。


 あたしはその個室で椅子に座るように指示される。


「……あの、セリーナさん? テストって一体、何をするんですか?」


 あたしは恐る恐る聞いてみた。


 モンスター討伐のテストというから、てっきり実戦でモンスターと戦って実力を示すのかと思ったのだけれど……


「ふふ、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。単なるパッチテストですから」


「パッチテスト?」


「はい。それじゃあ、ジャケットはこちらでお預かりしてもよろしいでしょうか?」


 あたしは言われるがまま、セリーナさんに桃色ジャケットを手渡した。


「レティさん、利き腕はどちらですか?」


「右です」


「では、反対の左腕を伸ばして――そうです。そのままじっとしていくださいね。すぐ済みますから」


 そう言うと、レティさんは戸棚から箱を取り出していた。


 箱の中には小さな丸いシールと、スポイトに入った液体がいくつか並んでいた。


 彼女はシールを手に取り、その上にスポイトの液体を一滴だけ垂らす。


「では、失礼して――」


 セリーナさんはシールの液体の付着した面をあたしの左腕に押し当てて来た。


「――具合が悪くなったとか、体がかゆいとか、そういうのはありませんか?」


「? いえ、大丈夫ですけど。あの、それよりこれは何のテスト何ですか?」


「瘴気耐性をチェックしているんですよ」


「瘴気、耐性……?」


 セリーナさんが言うには、ヴァリアンターは瘴気の濃い場所へ赴いてモンスターを討伐する機会が多いという。


 瘴気耐性の低い者がヴァリアンターになるとモンスター化してしまう為、こうしてヴァリアンターになる前に瘴気耐性の有無をパッチテストで確かめているのだとか。


 基本的に魔導士であればこのパッチテストはほぼ確実に合格できるという。


 魔導士というのは瘴気を浴びて体細胞が変化した人類なのだから、当たり前といえば当たり前だ。


 問題はあたしのように魔法が使えないヴァリアンター希望者だった。


 魔法が使えなくとも瘴気耐性がある人間はいるというが、パッチテストに合格出来る人間は2割にも満たないらしい。


 ヴァレリーさんはあたしが魔法を使えない事を知っている。


 だから、あんな風に覚悟を問うような言い方をしていたのね……


「――はい、時間です。こちらを剥がしますね」


 セリーナさんはシールを剥がすと、あたしの左腕を食い入るように見つめていた。


「あ、あの……?」


 あたしはテストの結果が気になって気が気じゃいられなかった。


「――レティさん」


「は、はい……」


 セリーナさんはさっきまでの営業スマイルを止めると、真剣な眼差しであたしにこう訴えて来た。


「テストの結果ですが――」


 ……ごくり。


 あたしは生唾を飲み込んで、彼女の次の言葉を待った。

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