第13話「ドラゴミール 後編」
「ソ、ソウナンデスネー。ヘー、スゴイナー」
あたしは華やかな女性の自己紹介に対して、無難な感想を言ってみた。
「いえいえ、それほどでもありませんわよ」
ヴァレリアーナさんは言葉では謙遜しているものの、あたしの反応に満足したように何度も頷いていた。
……多分だけど、この人は悪い人じゃあない。
あたしの直感がそう告げていた。
「お嬢様。彼女、ドン引きなさっております」
ヴァレリアーナさんの背後から現れたさっきのメイドさんが、鋭いツッコミを入れてくれる。
「あら、まだどこか具合でも悪いんですの?」
自分が原因だとは微塵も思っていないご様子。
「あ、いえ……その、事情がよく呑み込めていなくって……」
あたしは取り繕うようにそう言った。
「無理もありませんわ。あなた、我が領地の海岸に倒れていたんですのよ?」
ドラゴミールという聞き慣れない領地の海岸――という事は、どうやらあたしは大陸に辿り着く事が出来たようだ。
「そうだったんですか……助けていただいてありがとうございます。あたしはラヴ――いえ、レティです。レティ・ローズ」
危ない危ない、うっかり本名を名乗る所だった。
あたしが島の出身者だという事が大陸人にバレたら、どんな仕置きが待っているかわからない。
礼儀正しく名乗ってくれたヴァレリアーナさんには申し訳ないけれど、こっちの本名はしばらく伏せさせてもらおう。
「そう、レティさんと仰るのね」
ヴァレリアーナさんは優雅な仕草であたしの名前を復唱していた。
綺麗な人だなぁ……
まるで絵本に出て来るお姫様みたい。
――って、見とれている場合じゃないっての、あたし!
「すみません、あたしと一緒にリスと男の人が倒れていませんでしたか?」
「リスと男性? 残念ながらわたくしは報告を受けていませんわ。ポーラは?」
メイドさんの名前はポーラさんと言うらしい。
「申し訳ありません、私も存じません」
そっか……
まあ、エミリー達がこの屋敷にいないという事がわかっただけでも、一歩前進よ。
「レティさんはその、リスと男性と一緒に船に乗っていらしたの?」
「はい。その途中で嵐に遭って、彼らとはぐれてしまって……」
気が付けば、あたしは布団を強く握り締めていた。
「そう、それはさぞお辛いでしょう……」
ヴァレリアーナさんはあたしの側まで来ると、そっとあたしの握りこぶしに触れてこう言ってくれた。
「わたくしも出来る限り、あなたのご友人を探すお手伝いをいたしますわ」
「え……?」
あたし、この人と初対面だよね?
なのに、どうしてそこまで親切にしてくれるの?
「とても有難いお言葉なんですけれど、そこまでしていただく理由は……それにあたし、お金とか持ってないし……」
島では物々交換が主流で、貨幣は存在しなかった。
仮に貨幣があったとしても、大陸とは通貨が異なるからどちらにしても使えなかっただろう。
「そのような事は気にせずともよいのです。わたくしがそうしたくて、いたすのですから」
「でも……」
「レティさん、あなたにとってご友人とはそのような存在なのですか? 何にも代え難い、何としてでも探し出したいお相手ではないのですか?」
「それは……」
エミリーはともかく、ゼノはどうなんだろう?
あたしにとって彼は、どういう存在なんだろう?
あたしも島という名の檻から連れ出してくれた王子様――なんて本人に言ったら鼻で笑われそうだけれど。
「わたくしは貴族としての義務を果たしたいのです」
「貴族としての義務……ノブレス・オブ・リージュ、ですか?」
いつか島を出る時の為に、大陸に関するある程度の知識はおじいちゃんが残していった本を読んで学んでいたからね。
今の地名や国名まではさすがにわからないけれど、言葉が通じるという事はそれらもすぐに理解出来るようになるだろう。
「ええ。それに、わたくし個人としてもあなたという存在が気になっているんですのよ」
「気になっている……?」
あたし、この人の気に障るような事でも言っちゃったのだろうか?
「桃色の髪をした女性は大変珍しいですから」
あ、そういう事?
大陸ではこの髪色は珍しいんだ。
島ではあたしとおばあちゃん以外にも、何人かは桃色の髪の色の人はいたんだけど。
「それに――」
ヴァレリアーナさんは壁に立てかけてあるマジックワンドをチラ見しながらこう言った。
「――マジックワンドを仕込み杖にして持ち歩いている女性なんて、気にならない方がおかしいですわよ?」
……あちゃあ。
仕込み杖の事は既に調べられちゃってたのね。
あたしの身元がわかる何かがあるかもしれないから、当然といえば当然かもしれないけれど――
――あたし、これからどうなっちゃうんだろ?
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