第12話「ドラゴミール 前編」
あたしの知っているお父さんは、いつも家のベッドの上で咳をしていた。
魔法が使えないだけではなく、体が病弱だったのだろう。
でも、あたしはそんなお父さんが大好きだった。
毎日毎日、お父さんがどうしたら笑顔になってくれるんだろうかと、そればかりを考えていた。
最初にお花飾りをプレゼントした時はとっても喜んでくれた。
けど、お父さんのベッドがお花飾りばかりになってしまった時は、さすがのお父さんも困った顔をしていた。
次は虫を捕まえてお父さんに見せてあげた。
お父さんは喜んでくれたけれど「可哀想だから離してあげなさい」と言った。
その次は木の実。
食べられない木の実は邪魔になるからと、食べられる木の実をたくさん集めた。
それからお父さんの似顔絵を描いて見せたり、歌を歌ってみたり、とにかく子供なりに色んな事をやってみた。
でも、あの日――
あたしに魔法が使えないってわかったあの時――
お父さんから笑顔が消えた。
それからしばらくして、お父さんは病気で亡くなってしまった。
あたしが悪いの?
あたしが魔法が使えなかったから、お父さんは死んじゃったの?
あたしが魔法さえ使えていたら、お父さんは笑顔にでいてくれたの?
ねえ、お父さん――――
◆ ◇ ◆
「――気が付かれましたか?」
…………え?
薄ぼやけたあたしの瞳に、聖母のような微笑みを称えたメイド姿の女性が映っていた。
「申し訳ありません。うなされていたようでしたので、お顔を拭かせていただきました」
メイドさんは手にしていた柔らかい布をあたしに見せてくれた。
言われてみれば、あたしの目尻には涙が浮かんでいた。
変な夢でも見たのかな。
「え、と……? あの、ここは……?」
どうやらあたしはベッドの上に寝かされているらしい。
「ここはドラゴミール大公のお屋敷でございます」
「ドラゴミール?」
聞いた事もない名前だった。
「はい。詳しいお話はお嬢様をお呼びしてからにいたしましょう」
女神のようなメイドさんはあたしに一礼すると、部屋から出て行ってしまった。
というか彼女、お腹が大きかったわね。
もうすぐ赤ちゃんが生まれるのかしら。
あたしはわけもわからないまま、室内を観察してみる。
天井や壁の内装は手入れが行き届いており、家具や調度品も高級そうなのが設えてある。
どうやら、それなりの身分の人が住んでいる家みたいね……
――って、エミリーは?!
あたしは当たりを見回してみるが、黄金色の彼女の姿はどこにも見当たらない。
「エミリー?! ゼノ?!」
この部屋にはあたし一人っきり。
ただ、壁にはあたしのマジックワンドが立てかけられていた。
「そんな……」
あの嵐の中、あたしは彼らとはぐれてしまったのだ。
もしかしたら、エミリーとゼノはもう――
――ううん、そんなはずはない。
二人はもう目が覚めて、このお屋敷のどこかにいるかもしれないんだし。
諦めるには早すぎるわ。
あたしはエミリー達を探すべく、ベッドから身を起こそうとして――
「うっ?!」
体の節々が痛んでうまく動かせない。
ああもう、こんな時に何やってんのよ、あたしの体は……!
あたしは痛みを堪えながらも、どうにかして体を起こした。
窓の外を見てみると、すっかり暗くなっている。
今は夜――にしては、室内は明るい。
周囲を見渡してもロウソクやランプの類は見つからない。
明かりの魔法を使っているのでもないし、どうなってるの?
あたしが明かりの根源を探して首を上に向けると、天井に煌々と輝くそれを見つけた。
…………なに、アレ?
照明器具だというのは見ればわかるが、どういう仕組みで動いているのかしら?
火を焚いている様子はないし、魔法でもない。
となると――
と、その時、部屋のドアがノックされて、人が入って来た。
「――ようやくお目覚めですわね」
……えっと、一体どなたでしょう?
この華やかな美人さんは……
さっきの柔らかな雰囲気のメイドさんとは異なり、圧倒的な華やかさをまとった女性が現れた。
キャラメルブラウンの髪を縦ロールにしてまとめており、瞳は髪と同じ色で社交的な性格を表すかのようにパッチリと開かれている。
薄紅色の唇の端は、生まれ持った自信と高貴さを表すように上がっている。
上着は動きやすい軍服のような黒と白を基調としたデザイン、下には同じデザインのミニスカート、そしてニーハイソックスを履いていた。
「わたくしはヴァレリアーナ・イヴェリカ・デ・ドラゴミール。ドラゴミール大公の娘にして栄えあるスペリオル第5位、『ゼロ・グラビティ』とはわたくしの事ですわ」
ヴァレリアーナと名乗った彼女は、大きく胸をのけ反らせて縦ロールをファサっと後ろにかき上げていた。
…………ど、どうしよう。
言っている事の意味が半分も理解出来ないわ……
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