第10話「出発前 後編」
あたしの呼び声に応えてエミリーはあたしの服の中から飛び出すと、木の盾を飛び越えてゲオルゲスに襲い掛かった。
「ぐぁ?! な、なんだ、このリスッ?!」
きっと今頃、エミリーはゲオルゲスの顔を爪で引っ搔き回している事だろう。
ゲオルゲスの集中力が切れたのか、魔法の木の盾はあたしの目の前から消失していた。
今だ――!!
「ローズ流抜刀術『
ゲオルゲスの出張ったお腹に、あたしは
「ぐうぅっ?!!」
お腹を押さえてその場でうずくまるゲオルゲス。
「さ、これで勝負有り。あたしの勝ちね」
「キュッキュ~ゥ♪」
エミリーはゲオルゲスから離れると、あたしの肩に乗っかって勝利宣言を後押ししてくれる。
「……き、汚ねえやり口使うじゃねえか……!」
ゲオルゲスは恨みがましい目つきであたしを見上げていた。
「あたし、山では5対1で襲われたのよ? それに比べれば可愛いものじゃない」
「ち、ちっきしょう……ぅぅ……」
ゲオルゲスはうめき声を上げてその場に倒れた。
いけ好かないヤツではあったけれど多分、あたしとコイツは似ている。
鬼才魔導士の家系に生まれながらも、魔法が使えない事で差別され続けたあたし。
最長老様の家系に生まれながらも、結界魔法が使えない事で苦悩し続けたゲオルゲス。
自分を犯しそうになった相手に同情するなんて、自分でもどうかしているとは思うけれど。
きっとお母さんだったら、それでもゲオルゲスを許しちゃうと思うから。
だから、あたしは――
「――おばあちゃん、お願い」
あたしがおばあちゃんにそう告げると、おばあちゃんは何も言わずにゲオルゲスに治癒魔法を使っていた。
おばあちゃんは元々は神殿に仕える巫女で、聖竜王の加護を受けている。
おじいちゃんと結婚した時にその役職は引退してはいたものの、治癒魔法士としては島でも叶う者がいないほどの腕前を持っているのだ。
「――これでいいわ。目を覚ますにはもう少し時間がかかりそうだけれど」
おばあちゃんは顔を上げると、あたしにそう告げていた。
「うん。ありがとう、おばあちゃん」
「まったくレティはいつもいつも無茶ばかりして……」
「それがおばあちゃんの血を引くあたしだから」
あたしがそう言うと、おばあちゃんは困ったような笑みを浮かべて最長老様の方を見ていた。
「気にしなくていい。ゲオルゲスが目覚めたらきつく言って聞かせるさ」
日頃からゲオルゲスの言動は目に余っていた。
今までは身内だからと最長老様も許して来たのだろうけれど、今度ばかりはゲオルゲスも更生させられるらしい。
あたしが島に戻って来た時には、少しは彼も変わっている事を願うわ。
「――それじゃあ、おばあちゃん。あたし、もう行くね?」
あたしはおばあちゃんの方を向いて、はっきりとそう告げた。
「……ああ、行っておいで。身体に気を付けて、元気でやるんだよ」
「うん、おばあちゃんも……」
あたしは仕切り直すように再びおばあちゃんに抱き着くと、その甘い香りを思いっきり鼻に吸い込んだ。
この匂いを忘れないように。
いつでもおばあちゃんの事を思い出せるように。
あたしは名残惜しむようにおばあちゃんから体を離すと、ゼノハルトが待つ船まで歩いて行った。
「――用は済んだか?」
船の上で松明を掲げながら、ゼノハルトが無表情でそう言っていた。
「うん、ごめんね。付き合って貰っちゃって」
「俺は何もしていない」
あたしはゼノハルトの手を取ると、船の上に飛び乗った。
船体がぐらんぐらんと頼りなく揺れる。
「――出るぞ?」
「うん、お願い」
ゼノハルトはマストに帆を張ると、帆に向かって風魔法を唱えた。
山でゲオルゲスの取り巻きをやっつけたもの風魔法だったし、彼が使えるのは風属性らしい。
「おばあちゃん、最長老様、元気でね~っ!!」
あたしは手を振りながら、徐々に小さくなっていく二人に向かってそう叫んでいた。
夜の海は真っ暗闇で、すぐに二人の姿は見えなくなってしまった。
あたしは後ろ髪を引かれる思いで島に背を向けると、夜空に瞬く星々を見上げた。
お父さん、お母さん、ラヴレンティは16歳の誕生日の今日、島を出る事になりました。
きっとまた島に戻って来るから、それまでおばあちゃんの事をどうか守ってあげてください――
あたしは祈るような気持ちを胸に、心の中でそう唱えた。
こうしてあたし、ラヴレンティ・ローズは禁忌を犯して島を出た。
ゼノハルトという得体の知れない人物と共に、大陸という未知の大地へと大きな一歩を踏み出したのだった。
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