第9話「出発前 前編」

「――ゲオルゲス」


 洞窟の入り口に現れた声の主は最長老様の孫、ゲオルゲスだった。


 海岸洞窟の中はゼノハルトが持っていた松明の明かりが照らされている。


 その明かりに向かって、ゲオルゲスがゆっくりとこちらへ歩いて来た。


「ばあちゃんの事が心配で後を付けて来てみれば……どうしてばあちゃんがソイツらを仲良く見送り出そうとしてんだよ?」


 ゲオルゲスの不審そうな表情は、松明の明かりに照らされてより一層不気味に見えた。


「……ゲオルゲスかい。ワケは後で話してやるから、今は大人しく家に帰んな」


 最長老様はしかし、孫であるゲオルゲスを冷たくあしらおうとしていた。


「なんだよ……オレが結界魔法を使えないからって、ばあちゃんまでオレを役立たず扱いするのかよ?!」


 最長老様の家系は代々結界魔法が使える家系であり、ゆえに権力を持ち続けてきた。


 ゲオルゲスの父も結界魔法が使えるのだが、一人息子の彼は扱えない。


 彼の性格が歪んじゃったのは、そこら辺の事情も深く絡んでいそうね。


「誰もそんなこたぁ言ってないじゃないか。いいから大人しく家に――」


「バカにするなぁ!!」


 ゲオルゲスの叫び声が洞窟内に響いていた。


「ばあちゃんも、父ちゃんも、村の連中だってオレが出来損ないだからって、皆バカにしやがって……!!」


 ゲオルゲスは子供のように地団太を踏み出した。


 あーあ、折角の旅の出発がこれじゃ台無しね。


「いい加減にしなさい」


 あたしは最長老様の前に出て、ゲオルゲスにマジックワンドを突きつけた。


「あんたの境遇はあたしも知ってる。だから、自分よりも見下せる相手が欲しかったのよね?」


 コイツがあたしを見下し、犯そうとしていたのは子供が欲しかったから。


 結界魔法が使える


 あたし自身は魔法が使えないけれど、鬼才魔導士タナシスの血を引いているあたしなら、もしかして――


 そう考えたのかもしれないわね。


「でも、使えないものはしょうがないじゃない。無いものねだりしている暇があったら、自分に出来る事を考えなさ――」


「『縛れ、茨の蔦エデュルゴーロ』!!」


 っと!?


 ゲオルゲスの唱えた魔法は、あたしが立っていた地面の真下から茨の蔦を発生させていた。


 間一髪、あたしはそれを避けたが、ゲオルゲスは血走った眼であたしを凝視している。


「お前なんかに……お前なんかにオレ様の気持ちがわかってたまるかぁ!!」


 ゲオルゲスはあたしを絡め取ろうと、茨の蔦を上下左右から発生させた。


「はっ!」


 あたしはマジックワンドから抜刀し、茨の蔦を切り裂いていく。


「――いいわ、ゲオルゲス。気が済むまで相手になってやろうじゃないの」


「キュキュゥッ!!」


 あたしの胸の間からちょこんと顔を出しているエミリーもあたしに同意してくれる。


「あなたは手を出さないでね?」


 船の上にいたゼノハルトは何も答えなかったが、そこから動かない事であたしに同意を示しているのだろう。


「舐めるな、魔法不能者がぁ!! 『降り注げ、木矢の雨リファーム』!!」


 ゲオルゲスの放った矢の雨があたしに襲い掛かって来る。


 あたしは姿勢を低くしながら抜刀し、矢の雨をさばきつつゲオルゲスに肉薄する。


「ローズ流抜刀術、『桃乂刃とうがいじん』!!


 逆手の抜刀術、桃乂刃。


 右→左への横薙ぎ一閃――からの返す刃で左→右への横薙ぎを繰り出す二連攻撃。


「『我を守れ、木の盾リファキュースィ』!!」


 あたしの攻撃はゲオルゲスの現出させた盾によって阻まれてしまう。


 ゲオルゲスは身体能力こそ高くはないが、魔導士としての腕自体は決して悪くない。


 並の魔導士だったらさっきの桃乂刃で倒れていたはずなのだが、これも彼の努力と才能の賜物なのだろう。


 けど、あたしはあんたと違って、一人で戦ってるんじゃないのよ?


「今よ、エミリー!!」

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