第8話「脱出プラン」
あたし達が神殿での用事を済ませて高台の村に出ると、村はすっかり日が暮れていた。
「邪魔だ、道を開けろっ!! 最長老が死んでもいいのか?!」
ゼノハルトが夕闇の中、最長老様の首筋に刃物を突き付けながら叫んでいた。
高台の村には魔法による照明が焚かれておりそれなりに視界は聞くけれど、その薄暗さが事態の深刻さにより拍車をかける演出をしてくれている。
「さ、最長老様っ?!」
村人達は慌てた様子であたし達を取り囲んだ。
ちなみに、あたしとおばあちゃんは縄でしばられたまま、ゼノハルトの後ろにいる。
エミリーはここへ来た時と同様にあたしの胸の間に挟まって、そこからちょこんと顔を出していた。
「ば、ばあちゃんっ?!」
自宅から出てきたらしいゲオルゲスが、額に汗をかきながら叫んでいた。
あんな奴でも家族を大事に想う心くらいはあるみたいね。
「近づくな!!」
ゼノハルトは最長老様の首筋に当てていた刃物を食い込ませていた。
ここからじゃよく見えないけど血が出ているのだろう、村人達の動揺が一層大きくなっていた。
「こ、このぉ……!」
村人の一人が魔法を使おうとしていた。
「おっと、魔法は使うなよ? この最長老に当たっても知らないからな?」
ゼノハルトは最長老様を盾にするようにして、身を守っていた。
彼のやってる事はゲオルゲス並みに最低なんだけど、目的の為にはここまでやっちゃうのね。
「おら、どけどけぇ!! 道を開けろっつてんだろっ!!」
村人たちは渋々ゼノハルトに従い、道を開けていく。
彼は大袈裟に村人達に刃物を見せびらかしながら、開かれた道を堂々と歩いて行く。
あたしとおばあちゃんは縄で縛られたまま、その後ろをついていった。
村の出口に当たりまで着くと、ゼノハルトは大声で叫んでいた。
「俺はこれから島を出る!! このババアと後ろの二人は俺が無事に島を出るまでの人質だからな!!」
村人達は何とかしようと策を練っているようだったけれど、最長老様が無言でそれを止めさせていた。
さすがは最長老様って感じかしらね。
それからあたしとゼノハルトは島の南にある海岸洞窟まで歩いていった。
洞窟に到着すると、予め用意してあった小舟にゼノハルトが乗り込んだ。
食料や飲み水は積んであるし、いざという時の為に
「悪いな、こんな三文芝居に付き合わせて」
ゼノハルトがそういうと、船の側にいた最長老様は鼻を鳴らしてこう告げた。
「ふんっ、いいからとっとと島から出ていきな」
あたし達がどうしてこんな事になったのかというと、話は神殿での会話にまで
◆ ◇ ◆
「……ゼノハルトと言ったね。キサマ、どうやって島の外から来たのだ?」
ゼノハルトが雑な自己紹介をした後、最長老様はようやくその疑問に気付いたようだった。
「そんなのこっちが訊きたいくらいだ。気付いたらこの島にいたんだからな」
最長老様相手に一歩も引く気のないゼノハルト。
彼の言葉がウソか本当か、あたしにはわからなかったけれど、ここは彼に任せる事にした。
「転移魔法……? いや、それでもアタシの結界を破るなんて事はブツブツ……」
最長老様でも原因がわからないらしい。
もし術者にも気付かれずに結界を突破出来るとしたら、人知を超えた力でもないと不可能なんじゃない?
例えばそう、聖竜王とか邪竜王とか、あとは彼自身が言っていた女神様とかね。
「俺の要求はさっきも言ったとおり、結界を解いて島の外に出る事だ」
「……島を出てどうするつもりだい?」
「モンスター討伐ランキングに参加して、1位になる。それが俺の目的だ」
「モンスター討伐ランキング?」
最長老様でもご存知無い、か。
島の事も大陸の事も知らないのに、どうしてそんなランキングが開催されている事は知ってるのかしらね。
「だが、俺とラヴレンティが島を出たら、疑われるのは最長老、あんだろうな」
最長老様は答えずに、ゼノハルトを
「そこで、だ。
「……何をさせるつもりだい」
「俺はここに来るまでの間、彼女らを縄で縛って連れ回して来た」
ええ、そうね。
とっても恥ずかしかったわ。
「それが?」
「あの様子を見た島人達は二人が俺に掴まったと思っただろうな。加えて、俺があんたを刃物で脅して結界を解かせるよう演技をすれば――」
「――ハッ、そういう事かい」
最長老様は皆まで言わずとも、ゼノハルトの企みを理解したようだった。
「……はあ、ここいらが潮時なのかもしれないねえ」
いつになく最長老様は弱気な声を漏らしていた。
「大陸から逃れて来て300年、島の文明は少しも進歩しなかった。魔導士というプライドが邪魔して、魔法に頼り切っていたツケなんじゃろう」
島の住人が平和で健やかに暮らせるなら、文明の進歩なんて必要ない事だとあたしは思うんだけど。
「一方で、大陸の方はこの300年の間にどれだけ文明を発展させたのやら。近い内に、アタシの結界を破ってここへ攻め入って来るのではないかと、毎日気が気じゃないんだよ」
これが最長老様の本音なのだとしたら、この人は何十年もそんな苦悩をたった一人で抱えいた事になる。
ほんの少しだけ、彼女の立場に同情してしまう。
「タナシスを島の外へ出したのは、あんたの言うとおりこのアタシさ。かつて惚れた男に結界を解くように懇願されてね、アタシは断り切れなかったんだよ。若気の至りってヤツさね」
「最長老様……」
おばあちゃんは複雑な表情でそう呟いていた。
「おじいちゃんはどうして島を出たがっていたの?」
あたしは気になっていた事を訊いてみた。
「さてね、詳しい事はアタシにもわかんないよ。ただ、『自分の力を試したい』とは言っていたような気がする」
自分の力を試したい……?
それはおばあちゃんや、お腹の子供を差し置いてでもやらなければならない事だったのだろうか。
正直、あたしには理解出来ない事だった。
「で、結局どうするんだ? 俺の提案に乗るのか、断るのか?」
ゼノハルトは空気を読まずに決断を迫っていた。
「……いいよ、乗ってやろうじゃないか。その代わり――」
◆ ◇ ◆
「それじゃあ、おばあちゃん。行って来るね?」
あたしはそう言いながら、おばあちゃんに目一杯抱き着いた。
「行ってらっしゃい。きっと、無事に帰って来るんだよ」
「うん……」
これから最長老様は一時的に島の結界を解く。
あたしらはその間に船で島から出る。
大陸の様子を視察したら、島へ戻ってその様子を報告する。
それがどれくらいの期間になるかはわからないけれど、最長老様はそれを条件にあたし達が出て行く事を認めて下さったのだ。
もちろん、表向きには「脅されて仕方なく」という体を貫き通す。
その代わり、残されたおばあちゃんは島の人達から"被害者"として認識されるから、島人から"罪人の祖母"という烙印を押される事は無いだろう。
あたしはゼノハルトの気まぐれで、人質としてそのまま大陸へ連れ去られたというシナリオだ。
おばあちゃんを一人残して行くのは忍びなかったので、エミリーは島へ残して行こうとしたのだけれど、彼女はどうしてもあたしからくっ付いて離れなかったので仕方なく連れていく事にした。
あたしはおばあちゃんの温もりを身体に刷り込ませると、ゆっくりと彼女から離れた。
それからあたしが船に乗ろうとすると、洞窟の入り口の方から物音が聞こえた。
「――これは、一体どういう事だ?」
あたし達が入口の方を振り返ると、そこいたのは――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。