第7話「最長老の秘密」

 神殿の内部は薄暗い。


 天井に彩光用の窓があるだけで、明かりは魔力で動いている燭台の明かりだけだ。


 その燭台は真っ直ぐに神殿の奥へと並んでいて、導かれたその先には最長老様が座られている椅子が置かれていた。


 あたしとおばあちゃんは縄で縛られたまま、ゼノハルトはその縄を持って後ろからあたし達について来る。


 ここへ来るのは、三度目だった。


 一度目はあたしが生まれた時だから、記憶には無い。


 二度目は10年ほど前、あたしに魔法が使えないと判明した時だ。


 そして今日が三度目、ここへ来るのもこれで最後だと思うと少しだけ感慨深いわね。


「――最長老様、久方ぶりでございます。本日はご報告したい儀があって負かり越しました」


 おばあちゃんが縄で手を縛られたまま、片膝をついて最長老様の前でひざまずいた。


 あたしもおばあちゃんにならって、膝をつく。


 ゼノハルトだけは立ちんぼだったけれど、これも作戦の内なのかしら?


 最長老様は椅子から立ち上がると、ゆっくりとこちらへ近寄って来た。


 腰が90度近くに曲がっている所為で、背丈はあたしの半分くらいにしか見えず、杖なしでは歩けないお体。


 もう40年以上、この島の結界を張り続けているのだ。


 おばあちゃんよりも少し年上なだけなのに、ここまで老衰しているのは間違いなく魔法の使い過ぎだろう。


 お顔は長年の苦労が刻み込まれたように皺くちゃで、まる干しブドウのよう。


 それでも、その眼光だけは衰える所を知らず、得物を狩る猛禽類の如く鋭い。


「イサドラかい。罪人の嫁にして魔法不能者を輩出し続けるこの疫病神が」


 イサドラとはおばあちゃんの名前である。


「聞いてるよ? あんたの孫がウチの孫を随分と可愛がってくれたようじゃないか」


 しわがれた声で最長老様はそうのたまった。


 ゲオルゲスから山での一件は報告を受けているみたいね。


「さすがは最長老様、お耳のお早い事で」


「世辞はいい。それより、その後ろの男は何だい? 見慣れない顔のようだが」


 最長老様は杖でカンカンと神殿の床を叩いていた。


 ゲオルゲスの件、あたしにお咎めは無いようね。


 最長老様も彼に非があるのがわかっているんだ。


 ただ、ゲオルゲスにもお咎め無しってのは納得出来ないけれど、こればっかりはもうしょうがない。


 そういう島なのだ、ここは。


「彼の事は後ほどお話しいたします。まずは孫ラヴレンティが儀式に失敗した事をここに報告いたします」


「ハッ、そんなこたぁ10年も前からわかっていた事さね」


 最長老様はさして興味も無さそうに言ってのけた。


「魔法が使えないはこの島では大した働きも出来ず、厄介者となりましょう」


「今までも十分に厄介者だったけどねえ?」


 どうしてあたしは魔法が使えないというだけで、生きているというだけで厄介者扱いされなきゃいけないの?


 そんなに悪い事をした?


 魔法が使えようが使えまいが、同じ人間なのに……


「かくなる上は、孫にはこの島を出て行ってもらおうと考えております」


「……島を出て行く、じゃとぉ?」


 最長老様の眼光が一層鋭くなっていた。


「はい、つきましてはお願いがございます。孫が島を出る少しの間、結界を解いてほしいのです」


「疫病神が何を言い出すかと思えば――」


 最長老様は苛立ったように神殿の床をカツンッ! と一際大きな音を出して杖で叩いた。


「――ふざけるのも大概にせぃ!!」


 ああ、とうとうおかんむりだ。


 頼むわよ、ゼノハルト?


 これでうまくいかなかったら、あたしとおばあちゃんはただでは済まないんだから。


「ただでさえ島を出て行った大罪人の孫だというのに、更に罪を重ねるつもりかい?! これまで生かしておいたが、今日という今日は勘弁ならぬわっ! 即刻ドクロの焼印を施した上で、二度とその生意気な口が利けないように口にも焼印を――」


「おい、梅干しババア」


 最長老様の言葉を遮るように、ゼノハルトが背後から口を挟んでいた。


 ちょっとちょっと、いくら何でも本人を目の前に梅干しはマズイでしょうよ?


「……なんじゃ、小僧?」


 最長老様は不機嫌そうにゼノハルトを睨んでいた。

 

「あんたの秘密をバラされたくなかったら、大人しく結界を解け」


 ちょ、ゼノハルト?


 要求がストレート過ぎない?


「秘密、じゃとぉ?」


「40年前、ラヴレンティのじいさんは一体どうやって島を出たんだ?」


「ハッ、そんな昔の事は知るもんかい。鬼才と呼ばれた魔導士じゃったからな、大方、妙な発明品でもこしらえて抜け出したんじゃろ」


 ……?


 最長老様の様子がちょっとおかしい気がする。


 まさか、狼狽うろたえている?


 これはひょっとすると、ゼノハルトの言っていたとおりになっちゃうかも。


「40年前といえば、あんたもまだ若く、さぞ美人だったんだろうな?」


「あぁん? ワシャ今でも十分に美人で通ってるよっ」


 最長老様は苛立ったように、地面に何度も杖を叩きつけていた。


「この島の人間は魔導士である事を誇りに思っていると聞いた」


「当たり前さね。かつては広大な大陸を1000年も支配していたんだ。その末裔たる我らが誇りを持たず、何を誇りと言うんだい?」


「その誇り高き魔導士の中でも、特に才能豊かだったのがラヴレンティの祖父、タナシス・メルクーリだ」


「……何が言いたい?」


 最長老様の目が座っていた。


 おおコワッ、夢にでも出て来そな形相だわ。


「最長老の家系だったあんたが、鬼才の名をほしいままにしていた魔導士のタナシス。若くて美人なあんたが自分の家に迎えたいと思って不思議はないよな?」


「バカを言うんじゃないよ、どうしてこのワシがあんなヤツの事を――」


「残念ながらそれについては証言がある。婆さん?」


 ゼノハルトはおばあちゃんに話を振っていた。


「……恐れ多くも最長老様、当時のわたしは知らなかったのです。貴女様が夫に懸想けそうをしていたなどとは――」


「黙らっしゃぁぁい!!!」


 最長老様は一際ひときわ大きな声を出すと、杖で床を勢いよく叩いていた。


「何を、何を根拠に、そのような事を――」


「わたしは結婚後に夫から聞かされていました。最長老の孫にアプローチをされていて、その……大層迷惑していたと」


 ぷちっ。


 その時、最長老様の何かがキレた音がした。


「……ふ」


 ふ?


「……ふはははははははははははははは!!!」


 あちゃあ、とうとう壊れちゃった?


「――ああ、これが笑わずにいられるかね? 仮にその話が本当だったとして、この島の誰がお主らの言葉を信じる?」


 まあ、誰も信じないわよねぇ。


 けど――


「信じないんだったら、言い触らしても構わないよな?」


 信じなくても"そういう噂"が広まるだけで、最長老様の名に傷がつくのは明白。


 やり方がえげつないとは思うけど、ゼノハルトとは目的の為ならば手段を選ばない人間らしい。


「小僧……キサマはいったい何者じゃ?」


 最初にそれを確認しようよ、最長老様。


 島の人間じゃないのに神殿に入り込んでいるんだからさ。


「俺の名前はゼノハルト。この島の外から来た。多分、知らんけど」


 雑な自己紹介だなぁ……

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