第6話「聖竜王と邪竜王」

「――ねえ、本当にこんなんで結界魔法が解けるの?」


 あたしとおばあちゃんは縄を後ろ手に縛られ、ゼノハルトの言われるがままに彼を最長老様の所へ案内していた。


 エミリーはあたしの服の中、胸の間から顔を出して様子を窺っている。


「イヤなら降りてもらっていい。俺は一人でもやる」


 ……そうは言ってもねぇ。


 さっきから通りすがりの島人達が奇異の目であたし達を見ているのが、ちょっと――ううん、かなり恥ずかしいんですけど。


「――あ、あれよ。あの高台にある村が最長老様のいる村」


 この島には三つの村がある。


 一つは島の西側にある海岸沿いの漁村。


 もう一つは漁村の反対にある盆地の村で、あたしの大好きな桃が採れるのもこの村だ。


 そして、最後の三つ目があたし達が向かっている北側にある高台の村。


 各村はそれぞれの村長が治めているのだけれど、三つの村全てを束ねているのが最長老様で、彼女の言葉がこの島の法になっている。


 つまり、彼女に逆らえばどんなでも人間も罰を受けるという、島では神様のごとき存在だ。


 あたし達が高台の村に到着すると村人達は何事かと騒ぎ出したが、ゼノハルトは村人達には全く構わずに、真っ直ぐ最長老様の所へ案内するよう促して来た。


 高台の村、その更に高い場所にある大理石の神殿。


 最長老様はそこに住まわれている。


「へえ、こんな神殿があったんだな」


 ゼノハルトも神殿を見上げて感嘆の声を上げていた。


「あんまり褒められたものでもないわよ? ここ、邪竜教の神殿なんだから」


「邪竜教?」


 あたしは神殿への道すがら、ゼノハルトに邪竜教について説明した。


 そもそも、なぜ少数の魔導士は魔法が使えて、多くの民衆は魔法が使えなかったのか?


 その答えが"邪竜王"と呼ばれる存在にある。


 太古の昔、この世界には聖竜王と邪竜王という二体の竜がいた。


 二体の竜は気の遠くなるような長い年月に渡って戦いを繰り返していたが、ついには聖竜王が邪竜王を破り、地の底へ封印する事に成功したのだ。


 封印された邪竜王だったが、しかしまだ息はあった。


 彼が聖竜王に対する地の底から発する強烈な恨み、それが瘴気となって大地の特定の場所から噴出する。


 通常、その瘴気を大量に浴びた生物はモンスターと化してしまう。


 あたしが山で遭遇したレイジングドッグなんかもそうだ。


 人間も一定量以上の瘴気を浴び続ければモンスターとなってしまうが、極稀ごくまれに瘴気に対する耐性を持った人間が存在する。


「――その耐性を持った人間が魔導士ってわけか」


 あたしの話を聞いたゼノハルトの感想がそれだった。


「厳密には瘴気を浴びた結果、体細胞が変化して魔法が使える体になった者を魔導士と呼ぶのよ」


 おばあちゃんが補足していた。


 さすがに鬼才魔導士タナシスの嫁、魔法に関する知識も豊富である。


「それで魔導士達は邪竜王を信仰しているのか」


「そ。でもさ、瘴気を浴び続けて魔法が使えるようになるってギャンブルもいい所じゃない? だから、そのギャンブルに勝って魔法が使えるようになった自分達を誇りに思っているのよ」


 逆に銃や大砲に頼る非力な民衆達を臆病者かのように見下している。


 だから、ゲオルゲスみたいな思い上がった人間が出来あがっちゃうのよね。


 現代の魔導士なんて全員が遺伝で魔法が使えるだけで、自分が直接瘴気を浴びたわけではないというのに。


 あたしら家族は村から追い出された身だし、あたしもお父さんも魔法が使えなかったから邪竜王なんてカケラも信仰していない。


 だからこそ、魔導士という"役割"に変なこだわりやプライドはないわけだけれど、他の村人はそうではないのよねぇ。


「争いに勝った聖竜王はその後、どうなったんだ?」


「あれよ」


 ゼノハルトの問いに、あたしは空に浮かんでいる太陽を目で示した。


「太陽?」


「うん。邪竜王を倒したとはいえ、聖竜王も満身創痍だった。そこで彼は、空高く舞い上がり地上を照らす太陽となったの。その太陽の恵みのお蔭で植物や動物、あたしら人間も生まれた――と、言われているわ」


 神話の話であり、どこまで本当かはわからない。


 あたしは子供の頃からこのおとぎ話を聞かされているから、もはや常識といってもいいレベルだし、きっと大陸の方でもそうに違いない。


 それを知らないゼノハルトは、やはり異質な存在だと思う。


「――さ、着いたわ」


 あたし達はようやく神殿の前に到着した。


 家を出た時にはまだ日は高かったのに、もう日が傾き始めている。


 ったく、遠すぎるのよね、ここ。


 邪竜王を信仰しているなら地下神殿にすればいいとも思うのだけれど、そこにはちょっと厄介な事情が絡んでいる。


 治癒魔法は、聖竜王の加護を受けた者しか使えないのだ。


 だから、邪竜教を信仰しながら聖竜王の加護を受けるという矛盾が起きてしまう。


 そこで邪竜教の教義的には「邪竜王様を信仰してはいるが、それが聖竜王の加護を受けない理由にはならない」という、苦し紛れの言い訳をしている。


 人間は瘴気が無くても生きてはいけるけれど、太陽が無ければ生きてはいかれない。


 そういう事情があって「邪竜教徒であろうとも聖竜王が加護をくれるというならいただこう」というご都合主義的な教義が出来上がっていた。


「――何だ、お前らは?」


 神殿前にいた見張りの男性が声をかけて来た。


「あたし、今日が16歳の誕生日なの。儀式の結果を最長老様へ報告に来たわ。通してくれるわよね?」


「それは構わんが、なぜ縄で縛られているんだ?」


「それは最長老様に直接報告するわ。安心して、縄で縛られているんだから何も出来やしないわ」


「……少し待ってろ」


 見張りの男は神殿の中に入って行った。


 見張りとはいっても武装しているわけでもないし、単なる取次係と言ってよいだろう。


 この島の住人は魔法を使って色んな事が出来る。


 畑に水を撒くのも魔法、風呂の水を沸かすのも魔法、地面に穴を掘るのも魔法、木を切るのも魔法。


 大抵の事は魔法で済ませてしまえるので労働時間が短く、とても退屈しているのだ。


 かといって、こんな島では大した娯楽もない。


 そういうわけで神殿の大した意味もない見張りなんて仕事をやっているのが、かつては大陸を支配していた魔導士達のなれの果てだ――なんて言ったら殺されちゃうかしらね。


 ややあって、男は神殿から戻って来た。


「――入れ、最長老様がお待ちだ」


 あたしとおばあちゃん、ゼノハルトの三人は見張りの脇を通って神殿内部へと足を運んだ。


「いいな、作戦どおりに頼むぞ」


 ゼノハルトが背後から、あたしとおばあちゃんに向かって耳打ちして来た。


「うん、任せて」


 あたしはそう返事をしてみせたけれど、本当にうまく行くのかな、この作戦?

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