第5話「島と大陸」
「島を出るって……レティ、あなたはそれがどういう事かわかって言ってるの?」
あたしの決意表明は、おばあちゃんから思ったとおりの反応を引き出していた。
「もちろんよ。おばあちゃんにはこれまで育ててくれた恩があるのはわかってるの。でも、あたしがこの島にいたら今以上に迷惑がかかっちゃうから」
さっきはどうにかなったけど、いずれあたしはゲオルゲスの手に落ちるだろう。
マジックワンドが仕込み杖だという事はバレてしまったし、ゼノハルトだってそう都合よくは助けてはくれまい。
大人数の魔導士に囲まれたら、魔法が使えないあたしにほとんど勝ち目はないのだから。
あたしが傷つけば、きっとおばあちゃんも傷つく。
共に生きるよりも、あたしがいない方がお互いの為になるに違いないのだ。
「迷惑だなんて、そんな……」
「それに、おじいちゃんが島を出て何をしているのか、おばあちゃんも知りたくない?」
「それは……ううん、その前にレティ。あなたどうやって島を出るつもりなの?」
「ふっふっふ、その為に彼をここへ連れて来たのよ」
あたしはそれまで沈黙していたゼノハルトの方を見て言った。
「……俺?」
「そ。あなた、島の外から来たんでしょ?」
「島の外から……?」
おばあちゃんは目を見開いてゼノハルトを
「『島の外から来た』という表現が適切かどうかはわからんが、生まれも育ちもこの島でないのは確かだ」
「ほら、ね? だから、この人と一緒なら島から出られると思うのよ」
「すまないが、話が見えない。この島は一度入ったら二度と出られないのか?」
「そうよ。最長老様が結界が張られているから」
「結界? なぜそんなものを張る必要がある?」
「一応聞くけど、あなたは大陸の事も知らないのよね?」
ゼノハルトは首を縦に振っていた。
「そこから話す必要があるのね……ええと」
この島の西には大陸がある。
かつて、あたし達の先祖である魔導士達は魔法という強大な力を行使して大陸を支配していた。
魔導士による人々への支配は1000年にも及んだが、時代が下るにつれてその支配は苛烈を極め、とうとう民衆による武装蜂起にまで発展した。
魔法が使えない民衆が、普通に戦った所で魔法が使える魔導士達に勝てるはずはない。
しかし、民衆はその時すでに新たな武器を手にしていた。
それが銃と大砲である。
女子供でも引き金さえ引ければ人を殺せる兵器の前に、魔導士達は各地で撃破されていった。
そして今から300年前、とうとう魔導士達は武装蜂起した民衆に敗北し、この島まで逃れて来たのだ。
逃れて来た魔導士達は民衆の追手を防ぐ為、島に結界を張った。
が、その結界は同時に中から外へ出る事もかなわない魔法だった。
こうして300年もの間、あたし達が住む島は鎖国状態になり、今に至る――
「――というわけよ」
「なるほどな」
あたしの説明を聞いたゼノハルトは、一言だけそう言った。
かつて大陸を支配していたというプライドがあるがゆえに、この島の魔導士達は今でも大陸の人達を
魔導士が魔法が使えるようになった経緯は、決して褒められた方法ではなかったというのに。
「で、どう? 島から出られそう?」
「無理だな」
そ、そんなあっさりと……
「ただ、俺もこの島からは出なくちゃならない」
「そうなの?」
「この島では『モンスター討伐ランキング』なんてやってないんだろ?」
「モンスター討伐ランキング?」
何それ、訊いた事もない。
「知らないって事は、やっぱり大陸の方で開催されてるんだろうな」
ゼノハルトは一体、何者なのだろうか?
彼の強さはちょっと普通じゃない。
ゲオルゲスの取り巻きと戦っていた時、詠唱も無しに魔法を唱えていたし、ゲオルゲスを一撃で気絶させたのも体術か何かをたしなんでいなければ不可能だ。
モンスター討伐ランキングとやらに参加するだけの実力はあるのだろう。
けれど、それだけの実力を有しながら、島や大陸の事は何一つ知らない。
あまりにチグハグな存在だった。
「あなた、そのランキングに参加したいの?」
「まあな。その為に俺は生きているといっても過言じゃない」
「そ、そうなんだ……?」
あたしには及びもつかない使命でも背負っているのだろうか。
「と、とにかくおばあちゃん。あたし達はどうしても島から出なくちゃいけないの」
何の因果かはわからないけれど、あたしの誕生日に謎の実力を秘めた男性が現れた。
これはきっと、天国にいるお父さんとお母さんからのプレゼントなのよ――なんて考えは、ちょっと乙女チック過ぎるかな?
「出るって、どうやって出るつもりなの? ゼノハルトさんも方法はご存知ないんでしょう?」
う~ん、問題はそれなのよねえ……
おじいちゃんは一体、どうやって島から出たのやら。
「いくつか確認したいんだが」
ゼノハルトが口を開いていた。
「何?」
「仮に俺達が島を出て行った場合、そこの婆さんはどうなるんだ?」
「どうなるって、そりゃあ……」
まあ、ロクな目には遭わないだろう。
おじいちゃんが島を出た時は村八分にされた。
この上、孫のあたしまで島を抜け出したとあっては――
「――わかった」
ゼノハルトは皆まで言わせず、一人で何かを納得しているようだった。
「島を出る為の船、もしくは空を飛べるものはあるのか?」
「船があるわ。こういう時のために用意してあるの」
「レティ、あなたいつの間に……」
おばあちゃんは驚いているようだったけれど、あたしにも人生がかかってるのだ。
これくらいの準備は当然である。
「ここから南へ行くと海岸洞窟があってね、そこに釣り用の古びた小舟を使えるようにしてある。水や保存食も十分に用意してあるわ」
ゼノハルトと二人で、となれば食料はギリギリ持つかどうかという量になりそうだけれど。
「それは都合がいいな」
ゼノハルトは満足そうに頷いていた。
「結界は術者が解除すれば無くなると思っていいんだな?」
「それは間違いないわ」
おばあちゃんが答えていた。
あたしは魔法が使えないから確かな事は言えないけれど、おじいちゃんが残していった大量の文献や手書きの資料を読み解くかぎりでは、そうらしいとは言える。
「術者の最長老ってのは男か?」
「ううん、女の人。おばあちゃんよりもちょっと年上くらい。だよね?」
おばあちゃんは頷いていた。
「爺さんが出て行ったのは、今から何年くらい前だ?」
「そうねえ……娘が生まれる前だから、40年くらい前かしら」
おばあちゃんが答えていた。
「――そうか。大体わかった」
何がわかったのか、ゼノハルトは初めて笑顔を見せていた。
「何がわかったの?」
「この島から出る方法についてだ」
「ホントにっ?!」
今日会ったばかりの人間、それも島や大陸の事を何一つ知らないのに、もう脱出方法がわかったって……
でも、彼ならきっと何とかしてしまう――
あたしはそんな予感がしていた。
「まずはあんたら、俺に拘束されてもらおうか」
…………は?
何言ってんの、この人?
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