第4話「家族」

「おやおや、お帰りなさい」


 あたしが家に帰ると、おばあちゃんはいつもの温かい笑みで迎えてくれた。


 おばあちゃんはエプロン姿で何かを作っているようで、家中が甘い匂いでいっぱいだった。


「おばあちゃん、今日はお客さんを連れて来たよ」


「お客さん?」


 あたしは背後にいたゼノハルトを紹介した。


「山でね、ゲオルゲスに犯されそうになった所を助けてくれたの」


「犯され――って、レティ、あなた……」


 おばあちゃんは絶句して、挨拶も忘れて呆然とあたしを見ていた。


 ちなみにおばあちゃんはあたしの事を愛称のレティと呼ぶ。


「大丈夫だって、何もさせやしなかったから。それより、ほら」


「ゼノハルトだ」


 彼は不器用な人間のようで、挨拶も言葉少なだ。


「ゼノハルトさん……まあ、この度は孫が危ない所を助けていただいたいて、本当にありがとうございました」


 おばあちゃんは丁寧にお辞儀をする。


「まあ、成り行き上な」


 ゼノハルトはぶっきらぼうにそう答えていた。


「堅い挨拶はそれくらいにしてさ。あなたもこっちに来て座って」


 あたしはゼノハルトをダイニングテーブルに案内した。


 ゼノハルトは居心地悪そうに座ると、あたしは彼の前にお茶を出した。


「薬草茶だけど。山登りした後はこれが一番効くのよね」


「ふうん?」


 ゼノハルトはお茶に口を付けると、少しだけほっとしたような表情をしていた。


 あたしもカップにお茶を注いで、彼の前に座った。


「ん~、いい香りっ」


 薬草茶を飲みながら、あたしもほっと一息ついていた。


 すると、おばあちゃんがあたし達の前にタルトケーキを出してくれた。


「おばあちゃん、これって……」


「16歳のお誕生日おめでとう、レティ。これはあなたの大好きな桃のタルトよ」


「……おばあちゃん……!!」


 あたしは思わず、おばあちゃんに抱き着いていた。


「あらあら、お客様の前だというのに、この子ったら」


 おばあちゃんはケーキを作っていた所為か、とっても甘い匂いがした。


 きっと、おばあちゃんは知っているのだ。


 山頂で、あたしが儀式を失敗した事を。


 それでも何も言わず、こうしてタルトを作って待っていてくれた。


 あたしはその事がたまらなく嬉しかった。


「キュキュ~」


 エミリーもあたしとおばあちゃんの間に挟まって鳴いている。


「……あー、コホン」


 いたたまれなくなったのか、ゼノハルトがわざとらしく咳払いをしていた。


「――あはは、ゴメンゴメン」


 あたしは目尻を拭いながら、姿勢を正した。


「さ、タルトを食べましょう? ね、おばあちゃんも座ってさ」


 あたしはおばあちゃんとエミリー、そしてゼノハルトと共に桃のタルトケーキを心行くまで堪能した。


 ほっとするような時間だったけれども、これは嵐の前の静けさ。


 これからあたしは、これから訪れるであろう嵐を乗り越えなくちゃならないのだ。


「――ね、おばあちゃん?」


 ケーキを食べ終わり、会話も少なくなって来た所であたしはおばあちゃんに切り出した。


「何かしら?」


「あたしさ、儀式に失敗しちゃったの」


「そう」


 おばあちゃんはただ、いつもの笑顔でそれだけ言った。


「あたしに魔法が使えれば、おばあちゃんは村に帰れたはずなのに……本当にごめんなさい」


 魔法が使えない魔導士は、村の掟により村八分にあってしまう。


 あたしのお父さんがそうだったように。


「いいのよ。そんな事、気にしてないっていつも言ってるでしょ?」


「でも、おばあちゃんはあたしの所為ですっごく大変な目に遭ってる。この桃だって、盆地村の人たちにどれだけ頭を下げて手に入れたの?」


「……レティ」


 山で暮らしていくのは、並大抵の事ではない。


 冬になれば食料は乏しいし、寒さにも堪える。


 陶器や繊維品だって手に入らないし、家の修繕だって大変なのだ。


 おばあちゃんは村に行って山で手に入れた品々と交換して、必要なものを手に入れていた。


 罵倒されながらも頭を下げて、耐え忍んで……


 それもこれも、あたしが魔法を使えないからだ。


「違うのよ、レティ。あなたに苦労をさせているのはおじいさんが勝手に島を出て行ってしまったからよ。決してあなたが魔法を使えないからではないの」


 あたしの祖父、タナシス・メルクーリ。


 かつて、この島では"鬼才"と称されたほどの魔導士だったという。


 おばあちゃんが娘であるあたしのお母さんを妊娠した頃、理由も告げずに島を出て行ってしまったらしい。


 島を出る事は禁忌とされており、ゆえに結界が張られている。


 おばあちゃんは身重にもかかわらず、おじいちゃんが罪を犯した所為で村を追い出され、この山での生活を余儀なくされていた。


 お母さんは魔法が使えたけれども、禁忌を破った男の娘という事でやっぱり差別されていた。


 そんなお母さんを唯一理解してくれたのが、魔法の使えなかったお父さん。


 罪人の娘と、魔法不能の男。


 この二人の間に生まれたのがあたしだった。


 だから多分、おばあちゃんの苦労は――あたし達の苦悩はおじいちゃんから始まったといってもいい。


「でも、あたしが魔法を使えないってわかったら、おばあちゃんはもう村へ戻る事も出来ないじゃない」


「いいのよ。もう何十年もここで暮らして来たんだもの、今さら村へ戻れと言われても困ってしまうわ」


 おばあちゃんはあたしの頭を優しく撫でながら、優しい声色でそう言った。


「それより、レティ? あなたの方が心配よ。これからどうやって生活していくつもりなの?」


 これからあたしは最長老様の所へ行って、左腕にドクロの焼印を押される。


 これで村人からは被差別者として正式に認定されるのだ。


「おばあちゃん、あたしはね――」


 どこへ行っても今まで以上に厄介者扱いされてしまう。


 もしかしたらまた、さっきのゲオルゲスのようなやからに体を目的に襲われるかもしれない。


 そんな未来はまっぴらごめんだった。


 だから、あたしは――


「あたしは、この島を出て行きたいの」

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