第2話「島の儀式」

 儀式を行う為の山頂への道のりはちょっとしたハイキングのようなものであり、あたしにとっては子供の頃から慣れ親しんだ庭も同然だった。


 魔法が使えるようになりたくて、何度も何度も山頂に登っては魔瘴石に触れる日々。


 けれど、この山は標高が低くても島で唯一モンスターが出没する地帯だ。


 魔法が使えない子供が登る山としては、難度が高い。


 だから、あたしは魔法の特訓と並行して仕込み杖による抜刀術の腕を磨いた。


 剣も魔法も――なんて欲張った所為でどっちも中途半端になってしまった感はあるけれど、この山を頂上まで登るくらいには力をつけた。


 これで魔法さえ使えるようになれば、もっとおばあちゃんに楽をさせてあげられるんだけど――


「キュッキュキュ~!」


 エミリーが肩の上で鳴き声を上げていた。


「うん、もうすぐ山頂だね」


 彼女もあたしと一緒にこの山を登り続けてきた常連だけれど、何度登っても山頂というのは心躍るものらしい。


 エミリーは歌で歌うかのようにキュ~キュ~と鳴いていた。


 山のモンスターを倒しつつ、山頂にある石に触れて魔導士として一人前である事を示す儀式。


 それ自体は、別にいい。


 問題は、一人前の魔導士である事を示せなかった時だ。


 あたしが魔法を使えないのは多分、亡くなったお父さんがそうだったから。


 魔法が使えないお父さんがこの島でどんな仕打ちを受けてきたかを、あたしは知っている。


 その所為で早死にしてしまった事も……


 だから、あたしはどっちに転んでもいいように準備をして来た。


 抜刀術もそうだし、洞窟に隠しているアレも――


「キュッキュ~♪」


 エミリーの鳴き声が山頂に到達した事を告げていた。


 相変わらず見晴らしの良い場所で、島が一望できるポイントの一つである。


 島の最長老様が住む高台の村ですら、ここからは見下ろせるのだ。


 今日は空が青々と晴れ渡っており、山頂には風が吹いているからとっても気持ちがいい。


「――――さて、と」


 あたしは山頂の真ん中にドスンと我が物顔で居座っている大きな魔瘴石に近付いていった。


 あたしにとっては因縁の相手である。


 パっと見は何の変哲もない大きな石なのだけれども、その昔おばあちゃんと一緒にここへ来た時、彼女がこの石に触れると虹色に輝き出したのを、あたしは鮮烈な記憶として脳裏に焼き付けている。


 あの時の虹色、今のあたしなら――16歳の今日なら、奇跡が起こるかもしれない。


「行くわよ、エミリー!」


「キュキュ~ッ!」


 エミリーの声に勢いづけられたあたしは、震える右手を魔瘴石に伸ばしていった。


 ドクン、ドクン、ドクン……


 高鳴る心臓の律動を確かに感じながら、あたしはゆっくりと右手の平を魔瘴石の表面に触れさせた。


 お願い、反応して……!!


 どうか、虹色に輝いて……!!


 あたしに魔法を使わせて――――!!!!


 ……


 …………


 ………………やっぱりダメ、か。


 今日なら、今日こそは、と思ってみたけれど、魔瘴石は無情にも元の色を堅持したまま何の反応も見せてはくれなかった。


「キュキュゥ~……」


 あたしの肩の上でエミリーが心配そうな声を上げていた。


「ありがと、エミリー。あたしは大丈夫、覚悟はしていたから」


 そう、こんな事で落ち込んでいる暇は無いのだ。


 魔法が使えるなら一度は追い出された村に戻って、おばあちゃんに楽をさせてあげられた。


 でも、そうでないのなら、あたしがいる事でおばあちゃんのお荷物になってしまう。


 だから、あたしは――


「……帰ろっか」


 あたしはエミリーにそうささやいた。


 エミリーはあたしを元気づけようとしてくれているのか、キュルキュルと鳴き声をあげてくれている。


 ホント、彼女がいてくれて良かった。


 魔法が使えないあたしでも、彼女はこうして側にいてくれているのだから。


「……っ!!」


 それは、あたしとエミリーが山を下りている最中の事だった。


 さっき山桃を食べていた辺りまで下ってくると、不意に周辺の藪から物音が聞こえて来た。


 またレイジングドッグ……?


 あたしはマジックワンドを手にすると、エミリーを服の中に入れた。


 彼女はあたしの服の間から、ちょこんと顔だけを出している。


 エミリーと二人で物音の方を警戒していると――


「――よぉう」


 藪から出て来たのは複数人の男だった。


 その中でも最も嫌味ったらしく、ねちっこい声を上げていたのは最長老様の孫、ゲオルゲス。


 あたしよりも2つ年上の彼は肥え太った豚のような体系をしているものの、魔法の腕だけは一級という、何とも憎たらしいヤツである。


「……何か用?」


 あたしは警戒を解かずにゲオルゲス一行を睨み付けた。


「今日はお前の誕生日なんだろぉ? その様子だと、もう儀式は終わったんだよなぁ?」


 ゲオルゲスも、彼に引っ付いている金魚のフンたちも、下卑げびた笑い声をあげていた。


「――だったら何なの?」


「おいおい、分かってんだろぉ? 儀式に失敗したヤツが、どんな末路を迎えるのかって事くらいは」


 あたしのお父さんも魔法が使えなかった。


 そのお父さんの左腕には魔法不能者の証として、悪趣味なドクロの焼印やきいんが刻まれていた。


 それを刻んだのは他でもない、ゲオルゲスら村の連中である。


「分かってるわよ。そんな事を言うためにわざわざこんな山奥まであたしを追いかけて来たの? アンタも随分ヒマなのね」


「……ちっ、相変わらず生意気な女だな。おい」


 ゲオルゲスは舌打ちをすると、取り巻き連中に顎であたしを拘束するように命じていた。


「あたしは逃げも隠れもしないわ。自分の足で最長老様の所へ報告に行くんだから、今は見逃しなさいよ」


「はあ? 何を勘違いしている?」


 ゲオルゲスはゲヒゲヒと豚のような笑い声を上げていた。


「お前はこれからオレ様の所有物になるんだよ。いけ好かない女だが、顔と体だけは悪くないからな」


 ゲオルゲスの言葉に、取り巻き連中もあたしの胸やお尻を見ながら嘲笑している。


「感謝してくれよぉ? 魔法不能者の役立たずなお前も、オレ様達が余す事なく使ってやるんだからなぁ」


 ゲオルゲスは歪み切った表情で舌なめずりしていた。


 ったく、これだから男ってのは……


「キュゥゥゥゥっ!」


 エミリーがあたしの胸の中で怒りの声を上げていたが、あたしは彼女を制した。


「大丈夫よ、エミリー。そこでじっとしてて?」


 コイツらはあたしが抜刀術を使える事を知らない。


 それに、島の魔導士は魔法に絶対の自信を持っているから、体を鍛えるという事をほとんどしない。


 山で鍛えたあたしの体力と脚力があれば、ここを乗り切る事だって出来るはずよ。


「いい度胸だな――やれ」


 ゲオルゲスが合図すると、取り巻き連中がジリジリとあたしとの距離を詰めて来る。


 あたしはマジックワンドを強く握り締め、抜刀する覚悟を決めた。


 その時――


「…………あー、すまん。取り込み中だったか?」


 突如、あたしとゲオルゲスらの死角から見知らぬ男性が現れた。


 これが白馬に乗った王子様とかだったらまだ良かったのだけど、この男性、なぜか服を着ておらず素っ裸の状態だったのだ。

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