第1章:島と少女
第1話「抜刀少女」
「ん~~っ、甘酸っぱぁ~~いっ!!」
あたしはこの島に唯一存在する山に登る途中で美味しそうな山桃が実っているのを見つけると、思わず木登りしてそれを口に含んでいた。
真っ赤に熟したそれは豊潤な香りと程よい酸味、そして何より口いっぱいに広がる甘みがあたしを笑顔にしてくれる。
「ほら、エミリーも食べてごらん?」
あたしは肩に乗っかっているリスのエミリーに数個の山桃を採って渡した。
「キュキュィ~♪」
エミリーは山桃を手に取ると、すぐさま口いっぱいに頬張り出した。
「あっはは、エミリーったらもう、がっつき過ぎ~っ」
エミリーは山桃の実をかじるだけでは飽き足らず、種の中身までほじくり出している。
エミリーはコガネリスというこの島では珍しい種類のリスだった。
名前の通り背中が黄金色をしており、お腹は真っ白くてフサフサの毛並み、そしてお腹と背中の間はこげ茶色のラインが入っている。
あたしのお母さんが亡くなっておばあちゃんと二人っきりになった頃、ひょっこりとあたし達の家に現れて、そのまま家に居ついてしまった。
人の言葉がわかるのか、始めはもっと別の名前を付けようと思っていたのだけれど、本人が首を縦に振らなかったので色々と名前を考えた挙句、エミリーに落ち着いた。
賢いのかと思えば今のように食い意地が張っていたりと、見ていて飽きない性格をしている。
そんなエミリーはあたしの親友であり、相棒であり、家族も同然の存在だった。
「ガルルゥ……」
ふと木の下から獣の低い鳴き声が聞こえて来た。
あたしが下を見ると、瘴気を浴びてモンスター化した犬――島ではレイジングドッグと呼ばれている――がこちらを睨み付けている。
「何? あんたも山桃が欲しいの? ――って、んなわけないか」
あの犬が欲しているのは食料としてのあたしの体だろう。
……仕方がない、相手をあげようじゃないの。
「エミリー、ここで大人しく待っててね」
あたしはエミリーを肩から降ろして木の枝に捕まらせると、背中に背負っていた
長さ1メートルほどの木製の細い杖で、先端には
魔法を唱えるには、まずは頭の中で使いたい魔法のイメージをする。
次に体内に内在している魔力を練り込んで、杖の先端にある魔瘴石に魔力を送り込む。
そして、魔法の
「『
……
…………
………………しーん。
山中に静寂が木霊した。
「……あ~あ、やっぱりダメかぁ。16歳になった今日なら誕生日補正とかで使えると思ったんだけどなぁ」
「キュキュィ~……」
いつも魔法の特訓に付き合って貰っているエミリーもがっかりしたご様子。
あたしが住むこの島は魔導士が住む島。
全ての住人が魔法を扱える。
そんな島の中で唯一魔法が使えないのがあたしことラヴレンティ・ローズなのである。
「ウォウ、ウォウンっ!!」
レイジングドッグはあたしのコケオドシに怒ったのか、木の下からけたたましく吠えていた。
このままだと木をよじ登って来そうな勢いね……
あたしは木を飛び降りるとレイジングドッグと対峙した。
「ガルルルル……」
得物を目の前にした犬っころは、低い呻き声を上げてあたしを牽制して来た。
残念だけど、そう簡単にあたしは食べさせてあげらんない。
あたしはマジックワンドを両手で握ると、レイジングドッグに向かって駆け出した。
「うぉりゃぁぁ!!」
犬っころ目掛けて、右から左へマジックワンドをスイングさせる。
「ガルルゥ!!!」
あたしの放った一撃はしかし、レイジングドッグの口に阻まれる。
ヤツはマジックワンドに噛みつくと、その鋭い牙で挟み込んで離さない。
「ウッソォ?!」
あたしが驚いたふりをすると、レイジングドッグは勝ち誇ったように口の端を上げていた。
「――な~んちゃって♪」
あたしは杖の先端を噛まれたまま、右手で杖を後方に引いて刃を取り出した。
「ローズ流抜刀術、『
あたしはレイジングドッグの喉元目掛けて引き抜いた刃を突き刺した。
「ガフゥッ?!」
レイジングドッグは血を吐くと、口から鞘となった杖を離してその場に倒れ込んだ。
ふっふっふ、見くびってもらっちゃあ困るんだよねぇ。
この山の
これぞあたしが魔法の特訓と並行して編み出した「マジックワンドを持つ魔導士と見せかけた仕込み杖で相手を倒す技」――すわなちローズ流抜刀術なのよ!
あたしは地面に転がったマジックワンドの鞘の部分を拾うと、刃を納刀した。
丈の短い桃色のジャケットを羽織り直し、少し乱れた髪を整える。
あたしの髪はおばあちゃん譲りの桃色で、後ろ髪はロングストレートだけれども、左右の髪はツーサイドアップのお団子にしている。
念の為、ジャケット下の白ブラウスと桃色のショートパンツに犬の返り血が付いてない事を確認する。
――うん、汚れはないかな。
それにしてもこの服、お気に入りなのに最近キツくなって来たのよね。
……また胸が大きくなったのかしら?
胸なんていくら大きくても動きづらいし肩は凝るしで、いい事は何にもないんだけど……
――っと、いけない。
エミリーの事を忘れてた。
「お~い、エミリー? もう降りて来ていいわよ~」
「キュッ、キュィ~」
エミリーは木から降りて来ると、地面を伝ってあたしの身体をよじ登り、肩に乗っかった。
「よぉしよし、いい子にしてたね~。あっはは、もぉ口の周りが血まみれみたいになってるじゃない」
あたしはエミリーの口の周りについていた山桃を布で
この島では16歳の誕生日になると、この山の頂に鎮座している大きな魔瘴石に触れて、一人前の魔導士である事を証明するという儀式がある。
あたしは今日に至るまで何度も石には触れて来た。
けれど、今日の今日まで石が反応してくれた事は一度も無い。
それでもあたしは行かなくちゃならない。
これから、あたしが"どう生きるのか"を決断する為にも――
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