異世界少女浪漫譚

白金龍

プロローグ「北へ」

「ローズ流抜刀術、『桃散華とうさんげ』!!」


 あたしは仕込み杖を逆手で抜刀すると、高速の斬撃で目の前にいるモンスター達を斬り刻んだ。


「――レティさん、後ろです!!」


 モンスターを倒して納刀した直後、背後からあたしを呼ぶ声がした。


 わかってるわ、ルル。


 その場にしゃがみ込むと、あたしの桃色の髪の上を何かがかすめていく。


 あたしはしゃがんだ体勢のまま、振り向きざまに再び逆手で抜刀する。


「ローズ抜刀術、『桃月翔とうげつしょう』!!」


 下段からの斬り上げ一閃、孤を描いた斬撃が背後にいたモンスターを真っ二つに斬り裂いた。


「――ありがと、ルル!」


 あたしが後方待機していたルルに礼を言うと、ゴシックな修道服に身を包んだ小柄な彼女は、その銀髪を揺らしなが小さく頷いていた。


「はぁぁっ!!!」


 あたしから少し離れた場所でアリスマリアさんが得意の棒術を振るい、モンスター相手に華麗に舞っていた。


 彼女が舞う度にリィン、リィンという鈴の音が草原に木霊する。


 彼女は美しいプラチナブロンドの髪を、ゆったりとした長い三つ編みにまとめており、その長さは後ろ脚にまで届いている。


 宝石のような翠色の瞳、そして凛として整った顔立ちはもはや芸術品。


 横に長いスリットが入った白い衣装には金の刺繍が施されており、体の線がくっきりと露になるデザインが彼女の美しさをより一層引き立てていた。


「――こっちは終わったぞ」


 気付けば、あたしの隣に20前後の男性が佇んでいた。


 黒髪短髪で不愛想な顔付きをしているけれど、その黒い瞳は清流のごとく澄みやかだ。


 ダークブルーのマントに身を包んだ彼は手にしていた双剣を腰の鞘に納めると、軽く息を吐いていた。


 彼の左手首にはブレスレットが嵌められており、それが陽の光に反射されてキラキラと虹色に輝いている。


 そのブレスレットはモンスター討伐を専門とする職業である、ヴァリアンターの証だ。


 あたしの左手首にもあったソレはついさっき外してしまったのだけれど、彼はまだヴァリアンターである事を選択しているらしい。


 そんな彼の名はゼノハルトといった。


 ここ2ヶ月くらい一緒に旅をしている仲間なのに、彼の素性は一切不明というとにかく謎な男性である。


「お疲れ、ゼノ。あとはアリスマリアさんだけ――と、あっちも終わったみたいね」


 モンスターとの戦闘を終えたあたし三人は、後方で待機していた治癒魔導士のルルの元へ集った。


「お疲れ様でした。皆さん、お怪我はありませんか?」


 ルルの言葉に、前衛組のあたし達三人は首を縦に振った。


「キュッキュ~!」


 ルルの肩に乗っていたあたしの相棒、コガネリスのエミリーが何やら騒いでいた。


「どうしたの、エミリー?」


 あたしがエミリーに尋ねると、ルルが代わりに応えてくれた。


「おそらくエミリーさんは、レティさんのブラウスが破けている事を指摘したいのでは?」


「…………へ?」


 あたしが視線を下げて胸のあたりを確認すると、ルルの言うとおり桃色ジャケットの下に着ている白いブラウスが破け、薄っすらと下着が見え隠れしていた。


「うわぁ?!」


 あたしは慌ててジャケットの前を閉めて、胸を隠す。


「……み、見た?」


 あたしは頬が赤く染まるのを感じながら、上目遣いでゼノに詰問する。


 いくら百貨店の高級ランジェリーとはいえ、人前にひけらかす趣味などない。


「別に、興味ない」


 これが強がりとかだったらまだ可愛げがあるのだけれど、彼は本気でそう言っている。


 決して見られたいわけではない、かといって全く興味を示されないのも女として負けた気がする。


 乙女心とはかくも複雑なものなのである。


「そんなに大きいんだからもっと見せびらかしたらいいじゃないですか、このおっぱいオバケ」


 ルルがジト目であたしを蔑んでいた。


「誰がおっぱいオバケよっ」


 出会った頃はもっと可愛らしかったのに、少し会わない間に随分と口が悪くなったものである。


「まあまあ。ブラウスは次の街で買い替えましょう」


 アリスマリアさんが優しい声色で微笑んでくれた。


 彼女は本当にマジ天使、きっとこのすさんだ世界に舞い降りた女神様に違いない。


「ブラウスを買い替えたいのは山々なんだけれど――」


 あたしは先ほど逃げるように出てきた皇都を眺めながら、こう続けた。


「――あたし達、街とか普通に入れるのかな?」


 あんな事をやらかした後なのだ、お尋ね者になっていてもおかしくはない。


「いくら連中でもそこまで情報伝達は速くないだろう。テレビやネットがあるわけでもないし」


 ゼノはそう言ってくれたが、テレビやネットが何なのかあたしにはわからない。


 彼は時々、あたしの知らない単語や知識を口にする。


「用心に越した事はありませんが、ともあれこのまま北へ向かいましょう。国境さえ越えれば追手も容易には来られないでしょうから」


 アリスマリアさんの言葉に、あたし達は同意した。


「ごめんね、皆。こんな事に巻き込んじゃって……」


 あたしがこうして頭を下げるのも、もう何度目かわからない。


「気にしないでください。私達はチーム・モモレンティなのですから」


 あ、アリスマリアさん……


 あなたまでそのチーム名を呼んじゃうんですね……


「早く北へ向かった方がいいのは間違いない。連中は地下鉄が使えるんだからな」


 列車で先回りされたらすぐに追いつかれてしまうものね。


「はぁ……北へ行ったらもう桃は食べられないのかしら」


 あたしの大好物は今の季節でしか食べられないというのに。


 あの時、列車で食べたのが最後の桃になるだなんて……


「一体何の心配をしているんですか、このおっぱいオバケは」


 あたしの呟きに、ルルが再び毒舌をまき散らす。


「だから、誰がおっぱいオバケだっての!」


「レティさん、もし北の国で桃を見つけたら今度は私が剥いて差し上げますから。それまで頑張りましょう」


「あ……約束、覚えててくれたんですね」


「もちろんです。仮に桃が無かったとしても桃の缶詰ならあるかもしれませんから、諦めるのはまだ早いと思います」


 へえ、カンヅメなんてものがあるのね。


 便利な世の中になったものだわ。


「それでは、行きましょうか」


 あたしはアリスマリアさんの言葉に頷くと、最後にもう一度だけ皇都の更に南側に想いを馳せた。


 ――ごめんね、リシア。


 まだ、約束は守れそうにないわ……


 仲間達と共に北を目指しながら、あたしがを出てから事件に至るまでを思い返していた。

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