第7話 雨降って

 

 クールでどちらかというとカッコいい系な黒江が照れながら可愛らしい服を着ている。

 あまりに予想外な姿につい上から下までまじまじと見ていると、彼女は俯いていつもより少し早口に言う。


「……やっぱり変だよね。似合う似合う言われたけど。今からでも神崎のジャージを」


「ああいや! 変ではない! ちょっと驚いただけ。ていうか母さんがごめん。思ったよりはしゃいでたみたい」


「うん、大はしゃぎだった……ほんとに変じゃない? こんな可愛い服」


「全然。ほんと。マジ、その、似合ってる。でも嫌ならジャージとか出すよ……ちょっと緩いかもしれないけど」


「神崎が見ててキツくないなら、いいや。着心地は凄い良いし。温かいから」


 黒江は吹っ切れたように大股で部屋に入ると昨日と同じクッションにすとんと腰を下ろした。

 すれ違いざま、髪も一つ結びにしてまとめていることに気が付いた。ポニーテールというやつ、で合っているだろうか。気づいたはいいが、彼女が全身から「もうこのことには言及するな」という空気を放っていたため口を噤んだ。


 なんだか心配の斜め上を行かれて全身から力が抜けていく感じがする。


「あー、色々とごめんな。母さんに嫌なこととか言われなかった?」


「神崎心配しすぎじゃない?」


「そりゃあんなパニックホラーみたいな勢いで連れて行かれたところ見たら心配する。それに母さん、基本善良なんだけど遠慮がないっていうか、結構デリカシーないところあるから」


「たしかに遠慮はなかったけど、嫌なことなんて全然……あ、でもずっと『可愛い~』とか言われて困った」


「それはまぁ、うん。それだけなら良かった」


 会話が途切れ、静寂の間に雨が窓を優しく叩く音が流れる。

 黒江が雨音の方を向くと後に続くように髪の束が揺れた。その隙間から白いうなじが覗く。なんだか見てはいけないものを見てしまったような気がして咄嗟に目を逸らしてしまった。

 

「あー、実はまだ観る映画絞り切れてなくて、ちょっと時間貰ってもいい?」


 膝を抱えて窓の方を見つめる黒江は「いいよ」と小さく言ったきりまた黙ってしまった。

 棚に並ぶDVD達の中からいくつかピックアップする。ずっと彼女に観せる映画の“正解”を考えていたが結局最適解は見つからず仕舞いだ。

 この棚に並んでいる作品は全部おすすめだし、サブスクにある映画も含めたらその数は何倍にも膨らむ。

 映画に限らないが『一番おすすめの作品はなに?』という質問に答えは無いのだ。


 ひとまずクセがなく、気取り過ぎない不朽の名作をピックアップしていく。決定打は無いが、どれも間違いなく最高の作品だ。

 この中から彼女に直感で選んで貰おうと作品群を抱えて振り返る。


「黒江さ——雨、気になる?」


 彼女は雨粒でろくに外も見えない窓をジッと見つめ続けていた。

 その背中に漂う哀愁のようなものに誘引されて思わず問いかけてしまった。


「ん、いや別に。ただ……」


「ただ?」


「んー、好きじゃないだけ」


 ただ好き嫌いを主張するには含みのある言葉、そして憂いを帯びた声だった。

 きっと他人には語れない、語らないナニカが彼女の中で重く深く渦巻いているのだろう。それは軽率に聞くことは出来ないし、知ったところでどうこう出来るものでもない。

 だが少し理解はできる。小さい頃、一人で留守番をしているときに雨が降っていると普段以上に強く孤独を感じた。今の彼女を見ているとあの頃の自分が重なる。


「よし、それならコレだ」


 おかげで今日、黒江に観せたい映画は決まった。

 これが俺にできるそれ以上はない選択に思えた。少しでも彼女の心に明かりを射すことができると信じられる映画。

 なんせ過去の俺が救われた作品だから。


 抱えていた他のDVDを棚に置き、プレイヤーを起動する。ディスクを挿し込めば心地よい読み取り音が鼓膜をくすぐる。


「決まったんだ。なんて映画?」


「これ。観たことは?」


 パッケージを見せる。派手な黄色の雨具を纏った三人の男女が雨の中楽し気にしている特徴的なイラストだ。


「『雨に唄えば』……観てないけど、なんか聞いたことあるかも」


「歌が有名だからそれかな——雨で集中できないかもだから、カーテン閉めてもいい?」


「うん。お願い」


 カーテンで覆って雨音が小さくなるだけで外の世界が遠のく感覚がした。


 昨日と同じく彼女の傍に腰を下ろし、『再生』を押してすぐに画面へ意識を飛ばした。

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