第25話 文化祭準備

 

 中間テストも終わり一息つけると思っていたが、高校というのは行事が連続するもので、一ヶ月後に控える文化祭に向けての準備がもう始まろうとしていた。

 この変哲もない公立高校でも文化祭となればかなり盛り上がる。今も教室は活気に包まれている。


 対して俺はそのテンションに乗り切れていない。

 行事としての非日常感は好きだが、昨年浮かれた結果人酔いでダウンした苦い思い出がある。


 俺が嫌な思い出を回想してる間に、進行を務めるクラスの中心的な立ち位置の男子——話したことすら無いが名前はたしか浪川なみかわ——がハツラツとした声を張り上げた。


「よし、じゃあ多数決の結果、うちのクラスの出し物は『喫茶店っぽい飲食』で決定! 詳しいコンセプトは次回決めるとして、とりあえず拍手ッ!」


 我が二年四組は経営方針を巡って争いが起きそうな出し物に決定した。

 高校生がカフェをやればその時点でコンカフェ(コンセプトカフェ)では? とか思ってはいけない。

 周囲からは歓声と共に早くも気合を入れる声と、一部の女子達による「お化け屋敷がよかった~」という、怨嗟の声とが入り混じっている。決選投票までもつれた末にかなり接戦での決定だから仕方ないことだろう。


 浪川はそれらを何とかいさめ、サクサクと役割分担決めへと取り掛かった。

 黒板には「調理」「接客」「宣伝」「デザイン」「内装」など、想定される役職が次々と書かれていく。


「——うん、こんなもんかな。接客は準備期間中は買い出しとかの他班の手伝いとか雑務も兼ねる感じで。とりあえず自分がやりたいやつを今から回す紙に書いて提出よろっ。特に希望が無ければ『とくになし』って書いてくれれば空いた班に勝手に入れちゃうから、よろしく!」


 そう言って一枚の紙ペラが配られた。挙手制などにすると面倒が多いだろうから、効率的で賢いやり方だと思う。匿名性も地味にありがたい。

 女子グループが「接客やろー!」と教室の端から端へ叫んでいるが、まぁ選挙でもないしご愛敬だろう。


 さて、何にしたものか。接客はありえないとして、調理も何を作るかも決めてないのに名乗りを上げるのは危険だ。そして何より当日はできるだけ働きたくない。となると——これだな。


 心の中で決定した役職を紙に書いた直後、前の席の風間が腰を思い切りひねって「内装にしようぜ。接客とか調理とか無理だし」と、誘ってくれた。

 やはり付き合いが長いだけはある。俺はしたり顔で“内装”と記入済みの紙を見せつけた。風間も「さすが」と笑いながら自分の紙を記入した。


 ——黒江はどれにするのかな。というかこういう行事は大丈夫かな。


 暇になるとつい彼女のことを考えてしまう。黒板を見ると自然に視界に入ってしまうせいもあるだろう。


 浪川は回収されたその紙を確認しながら「えーっと……おっ、『とくになし』ゼロ? いいね~」などとそれなりの音量で呟きながら紙を仕分けていく。


「接客がちょっと多いから、何人か他に回って貰うとして……内装と宣伝は確定で良さげだな。じゃあ先にそれぞれ軽く顔合わせと、できれば代表一人決めちゃおっか! 内装班そのへん、宣伝班はあのへんで集まって。それ以外はオレの方集まって、擦り合わせ~。はい、移動ッ!」


 浪川の指示で皆ワイワイと席を立つ。彼が居てくれるおかげで何もかもが順調に話が進んでいく。自分には全くない能力で素直に尊敬してしまう。遠巻きに感謝の念を送りつつ、風間と共に指定されたエリアへ行く。

 すると非常に見慣れた人間としっかり目が合った。

 

「……ども」


「……ん」


 黒江ナナである。

 これは打ち合わせも裏のやりとりもない完全な偶然だ。

 嬉しい気持ちも当然あるが、学校では交流しないようにしていただけに、こうしてお互いに顔を見合わせてどうしたものかと苦笑いを浮かべるしかない。向こうも少しは喜んでくれていると良いのだが。


「いやー! よろしくよろしく!」

 

 対して風間のテンションがいやに高い。俺の肩に手を置きながら上機嫌に挨拶する姿は、傍から見たら気持ちのいい好青年だろうが俺からすれば絶好のネタを手に入れた三文記者にしか見えない。

 間違いなく良い奴ではあるのだが、こういう“面白い状況”になったときに全力で乗っかるのが風間という男だ。

 

 それから自分を含めて六人の班員が軽く挨拶を交わす。とはいえ、半年間も同じ教室で過ごしているから「よろしくね」くらいの軽いものだ。黒江も小声ではあるがしっかり挨拶を返していて謎の感動を覚えてしまった。子の公園デビューを見守る親の気分——いや、これは比喩が失礼すぎる。

 

 風間と黒江以外は顔見知り程度の仲だが、全員裏方を率先して選ぶ人間だからか妙に親近感が湧く雰囲気の人ばかりだ。この三人の女子達は一緒にいるのをよく見るし、グループなのだろう。

 反応を見るに黒江の悪評を流した奴らとも違うだろうし、色々な面で安心だ。


 男二人女子四人というバランスは少し気になるが、これなら——黒江がいる以外は——気楽にやれそうだ。


「お願い! 代表は風間くんがやってぇ……アタシら浪川くん達キラキラ勢とコミュニケーション取れる気しないわ」


 女子の一人がパンッと手を合わせて威勢よく情けないことを言うと全員が「たしかに」と頷いた。もちろん俺も含めて。

 風間は「キミ達仲良しネ」と呆れたように言いながらポリポリと頭をかく。“絶対に嫌”ではないけど面倒ではある、といった感じだろうか。


 なにかもう一押し、と考えていると彼はこちらをチラリと見やって二ッと口角を上げたように見えた。


「よし! わかった。代表は引き受ける。その代わり仕事の振り分けとかはある程度オレが独断で決めちゃっていいか? 当然無茶な量押し付けたりしないし、言ってくれりゃ考え直すけど、ある程度の裁量は貰うぞって感じで」


 風間の提言に、先陣切ってお願いした女子は「最高でしかないが?」と大喜びだ。たしかに彼の言葉は作業以外の面倒な部分をほぼ全て引き受けると言っているようなものだ。

 熱意もそこそこ、必死に働きたくない面々からすれば万々歳である。

 

「ただし、慎はオレの指示は絶対遵守で、拒否権無しな。貴重な男手だし、大いに働いてもらうぞ」


「マジか。まぁ、しょうがない」


 なるほど、道連れにされた。

 元々彼に全て放任で! という気はなかったが、これは想定以上に重労働をさせられるかもしれない。

 なんてことを考えてゲンナリしていると風間がさっきのお返しとばかりに耳打ちしてくる。


「まぁまぁ、オレに任せろって」


 やけにニヤついたその声に嫌な予感がする。この“任せろ”は代表者とか文化祭準備とかとはまた別のことを指している気がする。


「ん~、まだ向こうはわちゃわちゃしてんな。浪川大変そ。暇しててもアレだし、用意するものの参考に『喫茶店にある物』とか挙げてくか!」


「お~いいね! あとは参考にできそうなカフェとかネットで探す?」


「採用。ほんじゃ候補は多い方がいいし、でアイデア出し、やるか」


 あっ、ハメられた。そう気づいても時すでに遅し。

 三文記者どころではなかった。彼は仲立ち人になろうとしていたのだ。


「オレと慎はセンス似通ってるし分けよう。じゃあ慎は、黒江さんとで! 黒江さん、それで大丈夫?」


「えっと、うん。大丈夫」


 既に諦めのフェーズに入った脳は「黒江が俺以外の誰かと話してるの初めて見たな」、とか呑気なことを考えていた。

 黒江がちょこちょこと傍に寄ってくるのが目に映る。聞き逃したが風間が開始の合図的なものを出したのだろう。


「あーっと、その、よろしく」


 普段もっと近くに居ることに慣れているはずなのに、それどころかハグまでいるのに、教室での黒江はまるで別人のようで妙に緊張してしまう。

 まるで初めて彼女と喋った日に時が巻き戻ったようだ。

 こちらのぎこちない挨拶に対して、彼女は少し悩んだ素振りをしてから応えた。


「よろしくね……神崎、くん?」


 不意に以前の呼び方をされて、身体に今まで感じたことがない類の衝撃が走った。

 頬が緩みそうになるのを物理的に手で抑え、ジッと見つめてくる彼女から目を逸らすと風間と目が合った。

 にこやかにサムズアップをする彼に感謝と不満が半々の微妙な感情が湧き上がってくる。


「どうかした?」


「いや、大丈夫だよ。黒江さん」


 こうして、文化祭準備が始まった。

 シリアスなことも考えないといけないのだが、頭が上手く働きそうもなかった。

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