第11話 ペラペラと悪戯
「このカメラワーク、というか見せ方は国内外問わずあらゆるホラー映像作品全般に影響を与えた……と、言われててな。それから本作は一つの家を舞台にした作品な訳ですが最近は家の間取りに注目した——」
自分が思っていた以上に蘊蓄が止まらない。自分でも自分のオタク仕草に引いている。
監督のインタビューであったり、続編での補足であったり、考察勢の推理であったり……少し脱線して後年の作品について語ってみたり。色々な話を際限なく、「黒江が恐怖演出の中にある工夫や面白さを見出してくれたら嬉しいな」という願望を込めながら喋り倒しておよそ一時間、彼女は相槌を打ちながら時折疑問を投げかけてくれたりとそれなりに関心を持ってくれているようだった。
「人を怖がらせることにこんなに全力になれるのって、ある意味観客のこと凄い考えてるよね」
呆れるように言った彼女の言葉はまさに俺が言いたいことの全てだった。中々理解されない部分に気づいてもらって嬉しい。
ホラーとは「いかに不快にさせるか」という一点において何よりも誰よりも我々を想ってくれているのだ。ある意味、最も愛に溢れた物語で——いや待て、喋りすぎて酸欠かもしれない。思考がおかしな方向に向いている気がする。
「ちなみにこの白塗り、俊雄君は愛猫の霊と融合してるから定期的に大口空けて『ニャー』って鳴くわけよ。あと黒猫召喚したりもする」
「へぇ~、なんで全身白塗りに白パンツなの? ちょっと面白くなっちゃってない?」
「わからん。でもインパクトあっていいでしょ。可愛いし」
「かわ……? ちょっとキモいかも、感性」
黒江の恐怖軽減のために頑張っているというのに感性をキモがられてしまった。なんて仕打ちだ。
お喋りが効いているのか、黒江は時々肩を震わせたりクッションをへこませたりしながらも余裕がありそうだ。だが、どうもこの映画の主役とも言うべき女幽霊、伽椰子だけは苦手らしく——。
「この人が出てくるシーンだけは事前に教えて……」
と懇願までしてくる程だった。たしかにこのビジュアルは強烈だ。さすがに映画の看板を張っているだけはある。
この霊達が他の作品の霊と一緒に始球式に出たという話は伏せておいた。さすがにノイズが過ぎる。
そろそろ物語も終盤——ホラー映画は短めの作品が多い——ここ一番の恐怖ポイントがくる。当然伽椰子も堂々登場するわけだが、ふっと悪戯心が湧いてしまった。
「恐怖演出の中にある工夫や面白さを見出して欲しい」という考えに嘘はない。
だが、それはそれとして「恐怖もしっかり味わってこそのホラーである」。そんな考えもまた俺の中にあった。
まず少し黙ってみる。これまで本当に絶えず語り続けた奴が息を吞むように黙りこくれば黒江は不安になって横目でこちらの様子を伺う。さすれば必要以上に神妙な顔の俺が居る。当然彼女は今まで以上の恐怖シーンを警戒する。
「そろそろ出るぞ」
仰々しくそう宣言すると黒江はハッとして抱きしめていたクッションを目元まで持ってきて完全に視界を覆ってしまった。同級生たちの誰も彼女のこんな姿は想像できないだろう。
この時点で先ほどの意趣返しは完了したと言えるのだが、一つの物事が成功すると味を占めてしまうのが人の性というものだ。
「場面変わったら教えて」
「変わった」
「ありが……全然居るじゃん!」
「ありゃ、記憶より再登場早かっ——痛い痛い、ごめんて!」
「~~~ッ!」
彼女が抱えていたクッションで叩かれた。さすがに良くなかったと何度も謝ったが黒江はすっかりへそを曲げてしまってそれは二発三発と続いた。と言ってもぼふぼふと柔らかい感触が伝わるだけだ。それが全く本気ではないとすぐに分かった。
「ほんとごめん。好奇心に勝てなかった」
「……神崎クンって案外子どもっぽいところあるよね」
「ああ呼び方まで……! ほんとごめんなさい」
「まったく、意外と大丈夫だったからいいけどさ。信用問題ですからね」
「はい。大いに反省しております」
大仰に深々と頭を下げると最後に一発、優しいクッション攻撃が飛んできた。
顔を上げると黒江はふっと強張らせていた頬を緩めた。つられて笑うと「反省は?」と悪戯っぽく言って彼女は笑顔のままクッションを振りかぶるフリをした。
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