英雄の練習と予兆
防具を手に入れた三人はそのままテルミーの宿に戻るのであった。
宿ではすでに夕食の準備が始まっており、すぐに夕食を食べることができた。
夕食を終えた後はもう一度装備を身につけてユイは自分の姿を鏡で見て、その美しい造形に見惚れていた。
「こう言ったものは初めてなのか」
「うん。私の世界ではこうしたものって見せるだけのもので、実用性はなかったの」
普通であれば機能性を重視した上で無骨なデザインになるのは当然だが、システィが作った防具は一味違う。美しい曲線で構成されたシルエットはユイの引き締まった身体をより際立たせ、プレートに彫刻された装飾はただの飾りではなく軽量化を図るための肉抜きとしても機能している。
そして、関節部分をわざと露出させることで人間としての色気さを醸し出しつつも彼女の戦闘スタイルに合っている。
彼女は激しく動き回り避けながら戦う。だから、動き回る上で邪魔な部分は徹底して無くし、かつある一定の防御力を持たせるために胸当てなどの守るべき部分はしっかりと守っている。
「このボクが作ったんだ。当然だよ」
そう胸を張ってシスティは自分を誇るように言う。確かにこのようなものを作ってしまうのだ。その行動には誰も不快とは思わなかった。
「さすがとしか言えないな。オレはそこまで頭が回らない」
アルフェルトはそう呟くように言う。このような芸当は彼にはできないからだ。最強の魔法使いだとしてもそれはできない。もちろんユイにもできないことだ。
「この世界でこんなにもいい装備が手に入るなんて思ってもいなかった」
「ボクならなんでも作れるよ。あ、魔法とかはちょっと無理かな」
「そう言うが、魔導具を改造したのは記憶に新しい」
テルミーの魔導具を扱いやすいように施したのはアルフェルトも覚えている。もしかしたらアルフェルトの知識とシスティの技術力があればどんなものが作れるのか、彼自身も少し楽しみになっていた。
「もう少し勉強かな。仕組みまでわからなかったところあるし」
そうシスティは自分の不得意なところまで自信を持って言えない様子であった。誇るべきところはしっかりとアピールし、わからないところはわからないと正直に言える。総じて素直な人なのだろうと二人は思った。
「そうは言っても簡単な理論であればすぐに理解できるだろう」
「じゃ、またいつか教えてもらおうかな」
アルフェルトの言葉にシスティはそう反応を示した。彼女は魔法に対して少しばかり興味が湧いていたのだ。
その会話を片耳にユイは装備を取り外して、ベッドの横の台に置いて口を開いた。
「ところで、明日はどうする?」
「特に決めていなかったな」
そう二人は考えているとシスティは少し言いづらそうに話を切り出した。
「その装備、試してみたり……とか」
「ふむ、ユイがいいのなら別に構わない」
「今日は走っただけだからね。問題ないわ」
ユイがそう言うとシスティの表情は明るくなった。
そして、三人は夜も遅いと言うことでもう寝ることにしたのであった。
翌日、いつものようにテルミーの手の凝った朝食を食べ、三人はギルドに向かった。
ギルドでは昨日と同じように事務処理を終わらせようと忙しくしていた。
例に漏れずエルセも書類の整理をしていたのだが、三人を見かけるとすぐに声をかける。
「おはよ、今日も依頼?」
「ええ、どのような依頼があるかしら」
今日はいつもと違いユイが答える。
「えっと、ここだけの話、魔物が大量発生した箇所があって……」
エルセも三人のやり方を理解し始めているのか、周りの受付に聞こえないように小さな声でユイに耳打ちする。
「それにするわ」
そう即答するユイに特に驚く素振りをせずエルセは書類に印を押したのであった。
「はい。これが詳細だから後で見てて」
手渡された地図には魔物がいるであろう箇所が記されていた。もちろん、ここで詳しく説明しないと言うことは周りを配慮してのことであった。
いくら優秀な人材だとしてもまだ初心者という評価の三人に高難易度の依頼を任せるというのは異様なのだ。
「それではがんばってね」
そうして、手を大きく振ったエルセは溜まっている書類を整理するために棚の方へと向かったのであった。
ギルドを出て三人は依頼の書かれた資料に目を通している。
「オーガが大量発生しているのか」
「ざっと四〇体ほど確認されているそうだけど、練習程度にはちょうどいいわね」
いつものように余裕そうにユイはそういう。確かに彼女にとっては四〇体程度などすぐに終わらせるのかもしれない。
「まぁもしものためにオレとシスティはすぐに援護に入れるようにする」
「ええ、その方が安心するわ」
そう言って三人は依頼の場所に向かうのであった。
依頼の場所ではすでにオーガが集まっており、手には大きな棍棒を持っていた。それを確認するなり、ユイは突撃を開始。それに合わせるようにシスティとアルフェルトも援護に回る。
そうして、ユイは装備の性能を確かめるように戦うのであった。
◆◆◆
英雄たちがオーガ軍団と戦っている間、王都では妙な動きがあった。
「準備は順調に進んでいるようだな」
「ああ、俺たちの計画は今のところばれていないようだ」
大通りから少し外れた小道で男二人が深くフードを被りながら話している。
「テルセスとの契約は信用してもいいんだな?」
「奴は魔族だが、信頼できる相手だ。こうして俺に力を与えてくれたのだからな」
そう言って男の一人が魔力で黒い球を作ってみせる。
「死の球体、か。凄まじい力を与えたものだ」
どうやら男が出した魔力の球体は強力な魔法のようだ。
「あの壺がしっかりと機能してくれれば、俺はまたこの王都を取り戻せる」
そう言って、黒い球体を消すと男はそう悪い笑みを浮かべた。その言葉を聞いたもう一人の男は鼻でふっと笑う。
「あの女と結婚という約束は忘れていないよな」
「取り戻せたら好きにしろ」
すると、奥からまたフードを被った男が現れた。
「そっちもうまくいったようだな。ああ、手配は済んだ」
「そうか、後は明日の収穫祭で混乱に乗じるだけか」
「頼んだ」
そう言って現れた男は報告だけして立ち去ろうとすると、一人がそれを引き止める。
「なぁ本当にいいんだな」
「何がだ」
男は振り返らずにそう答える。
「必要な人だけを生かすってことだよ」
「あの程度のことが起きて生き残れなかった者など生かす価値もない」
そういうと男はそのまま歩き出した。
「へっ、全く残酷な奴だ」
「あいつ、いつもあんな感じなのか」
「人間の皮を被った悪魔ってのはまさにあいつを体現しているぜ」
二人はさっきの男が立ち去った方を向いたまま、そんなことを呟く。
「さて、俺たちも行くとするか」
「そうだな」
そうして、二人もまた立ち去った男と逆方向に歩き始めるのであった。
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