天才と天才
さっきまで動いていた魔導具も一旦止まり、静かになった工房にシスティは歩いていく。
「久しぶりにこんな場所に立つよ」
システィは近くの金属棒を手にとり、早速作業に取り掛かろうとする。だがその手はすぐに止まった。
「えっと、使い方誰か教えてくれるかな」
だが、誰一人として動こうとしなかった。その様子を見ていた老人が怒号をあげる。
「お前らお客さんを困らせる気か!」
「「はい!」」
老人の一声でまた二人ぐらいの男がシスティのもとに駆け寄る。
「これはこうやって使うんすよ」
一人の男がシスティに丁寧に動作を確認しながら教える。
「レーザー彫刻みたいな感じね」
「それって……」
男の人が疑問を浮かべていると、システィは手を振って「気にしないで」と言った。
使い方を覚え始めたシスティはすぐに筒を作り始める。
試作型の銃と比べながら微調整を加えて、細かい部品もその魔導具で作り上げていく。
その様子を見ていたもう一人の男がシスティに話しかける。
「この部品を作るならこっちの魔導具の方が作りやすいっす」
「じゃ、教えてくれる?」
「いいっすよ」
そう言いながら別の魔導具を動かしながら、さらに細かい部品を数点作り上げる。
そして、ものの数十分でガスチューブとボルトを動かす機構を作り上げた。
「これで完成ね」
システィは出来上がった機構を先ほどの試作型に組み込んでいく。
「……うーん」
複雑な構造に生まれ変わった銃を眺めてシスティは深く考え込む。
確かにこれだけ見ればシスティの世界で標準となりつつあったガス圧を利用した機構に近いものになったが、彼女が求めるスペックにはまだ足りなかったようだ。
「弾丸をもう少し大きくしたい……でもこれ以上大きくとなると逆に威力が下がってしまうし」
そう深く考え込んでいるとアルフェルトが一つ提案する。
「魔法で耐久力を上げてみようか」
「そんなことできるの」
「難しいことではない」
そして、少し考えた後システィは一つの金属の塊を手に取りアルフェルトに手渡す。
「これをできる限り強固なものにしてくれるかな」
「ああ」
すると、その金属は金色の光を放ち始め、少しだけ小さくなる。
「可能な限り硬くした」
「少し小さくなるんだね」
その出来上がった金属の塊を手に取る。そして、魔導具の中に入れて傷を付けようとする。
「うそ……」
魔導具で出力をいくら上げてもその金属の塊に傷一つ付けることができなかったのだ。
「ねぇアルフェルト、これって出来上がっていても硬くできるの」
「どんな状態でも可能だ」
「じゃ、ちょっと待っててね」
そう言うとまたシスティは魔導具を動かし始める。
そしてすぐに完成した金属棒と小さな部品をアルフェルトに手渡した。
「理想の大きさより少し大きくしたの。アルフェルトの魔術で縮まる分ね」
「わかった。さっきのでいいんだな」
その金属の部品どれもが先ほどの金色に輝き始め、少しだけ縮まる。
出来上がった金属をシスティが手に取ると先ほどのものとは比べ物にならないほどに強度が上がっていた。
「これならいけそう」
システィはそう嬉しそうに言うと、また設計図を描き始める。
「反動抑制にこれを銃床に組み込んで……」
改造された銃にさらに改造を繰り返していく。
そして数時間が経過し、試作型は最初の原型を留めておらずシスティが最大限に改良を加えたものが出来上がった。
さらにアルフェルトの魔法により強化された金属や部品を利用することで本来より高い性能を発揮できる。
その銃はもはやこの世界の時代にそぐわない性能を持っている。システィの世界でいう対物ライフルの類に近い性能を持ったその銃はエルメンライク銃砲店の全員が驚愕していたのだった。
「ほ、本当に撃てるのかい」
半信半疑の老人はそうシスティに尋ねる。
出来上がった銃の最終調整を行っているシスティは大きく頷いて、満足そうにそれを肯定する。
「うん。今ボクができること全てやったよ」
「わしもそれを撃っているところを見たいんじゃが……」
老人は先ほどまでの険しい目ではなく、好奇心旺盛な子供のような目で完成した銃を見つめている。
「全然いいよ。でも試し撃ちできる場所ないよね」
「それなら奥の部屋を使うといい。あそこならどんなものでも撃てる」
老人は奥の部屋に続く扉を指さした。
「え、部屋で撃って大丈夫かな」
「問題ないじゃろ。大砲の実験でも使用したんじゃからの」
そう言って老人は扉を開ける。
扉を開けるとそこはどこにでもあるような射撃場となっていた。
周囲は魔法で強化されている壁に距離は五〇〇メートルを超える広さを有していた。
この場所は王都内では最大の射撃場となっているようだった。
「ここなら大丈夫そうだよ」
すると、システィは先ほど作ったばかりの大きな銃を台に乗せて構えて見せる。
「じゃ、撃ってみるね」
そう言うと、従業員の人に頼んで作ってもらっていた特製の銃弾を銃に込めて一番奥にある木の人形に照準を定める。
そして、トリガーを引くと射撃場に強烈な射撃音が轟き、凄まじい衝撃波が体を震わせる。
標的となった木の人形は人より少し大きめに作られているのだが、木っ端微塵に吹き飛んでいた。
銃弾は確かに中心を捉えていたのだ。
「あの距離を一撃で……なんて命中精度なんだ」「銃の性能もすごいが、射手の腕前も相当なものだぞ」
皆一様に感嘆を漏らしている。
当然のことで、これらを扱えるのはこの世界でも、システィの世界でも彼女以外いないだろう。
反動制御装置が付いているとは言え、それらを扱うには相当な腕前が必要だからだ。
以前の世界でも彼女が自分でカスタムした銃はどれも彼女専用のものであった。撃つことはできるが、誰一人として長距離の標的を当てることはできなかった。
当然ながら、一般兵士にも撃てるような銃も作っていたのだが、彼女はそれをメインとして使いたくなかったのだ。
「この距離なら近過ぎるぐらいね」
「近過ぎるって、その銃はどれぐらいの射程があるんだ」
一人の男がそう質問する。
「詳しく調べてないけど、この距離の六倍ぐらいはあるんじゃないかな」
「そんな射程の銃なんて聞いたことがない」
それもそうだろう。この世界では火縄銃やマスケット銃が一般的で、最先端となってもレバーアクション程度の銃でしか存在していないのだから。
そんな世界にシスティの世界でいう対物ライフルのような性能を持った銃はもはやチート級の逸品だ。
そんな話をしていると、その様子を見ていた老人が重く口を開いた。
「……あんたならできるやもしれん」
「えっと、何がかな」
すると、老人は目を伏せ呼吸を整えてからシスティの目を見る。
「わしが数年前に考えた『魔弾』のことじゃ」
そう言って老人は懐からとある論文の一枚を取り出し、システィに手渡す。
その論文には設計図のようなものがなく、簡単な略図で描かれているものであった。
「着弾地点を中心に魔法を発生させる弾丸の研究……」
「じゃが、わしには魔術のなんたるかを知らん。それで魔術協会に提出してみたんじゃが、門前払いされての。この研究は終わったんじゃ」
そう昔を振り返るかのように老人は語った。
「ボクも魔法のことはわからないよ。アルフェルトならわかるかな」
システィはアルフェルトにその論文を見せる。
「ふむ、なるほどな。少し考えてみてもいいかもな」
「できそうなのか?」
老人は少し興奮気味にそうアルフェルトの目を見る。
「理論的には破綻していない。魔石をうまく使えばできるかもしれん」
「そうか、わしは間違っていなかったんだ」
老人はそう言うと、その目に涙がうっすらと浮かび上がる。
「親方……やっぱすごいっす」「親方が間違えるわけないっすよ」
そう言うのは老人の弟子たちであった。先ほどまで工房で働いていた人たちも同じ涙を流していた。
すると、老人がアルフェルトとシスティに向かって言う。
「わしの願いを聞いてくれないか」
「ああ」「もちろん」
「この考えを実現してくれないか。弟子やこの工房をいくらでも利用してくれ」
そう言って縋るように頭を下げる老人。もちろん弟子もそれに倣って頭を下げる。
「どうか親方の願いを叶えてやってほしいっす」「俺たちをこき使ってもいいっす」
この弟子たちは親方をかなり慕っている。だから、親方の願いを、理想を叶えたいと思っているのだろう。そのためならなんでもすると言った覚悟を持っている。
「オレも銃のことは知らんが、少し考えてみよう」
「ボクも頑張るね」
二人はそう老人に言う。すると、老人の目から一粒の涙が滴る。
「……ありがとう」
短い言葉だが、それには長年の思いが詰まっている。そんな重みがアルフェルト、システィ、そしてユイにも伝わったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます