火力を抑えても

 最深部へ到着すると三人は息を飲む光景を目の当たりにする。


「巨人、か」


 アルフェルトは冷静にそう呟くが、内心はかなり驚いている。

 三人の目の前にいるのは平均男性の数十倍もの大きさに成長した人型の魔物がいたのであった。


「私が先攻するわ」


 そう言ってユイは突撃する。


「えっと、ボクはどうすればいいかな」

「さすがにその拳銃ではあの巨人を相手にできない。オレの影に隠れていろ」


 システィは大きく頷いて、アルフェルトの影に隠れる。

 ユイの剣撃でまともに攻撃できる部分は巨人の足元だけ、上半身はユイの三倍もの高さにあるため、手を伸ばしても届くわけがない。

 対する巨人もユイの素早い動きに翻弄されお互いに致命打となる攻撃が通らない。だが、このままでは彼女の体力が続かないため、ここはアルフェルトの強力な魔法でなんとか倒す他ない。


「システィ、ここから鉱山地帯までの距離はいくらだ」


 ユイが巨人の引き付けている間、アルフェルトはシスティにそう質問した。システィは今までの移動してきた距離など正確に記憶する能力がある。それは小さなミリ単位からキロメートル単位まで正確に記憶できる。


「この場所からだと、直線で八七三メートルぐらいかな」

「一メートルがこれぐらいだったよな」


 そう言ってアルフェルトが手を広げて確認する。


「うん。それぐらいだよ」


 初依頼を受けた帰りに教えてもらったシスティの世界の単位をアルフェルトは覚えていた。


「ユイ、五分だけ気を引けるか」

「五分ね。了解」


 すると、ユイの攻撃が激しくなり、巨人の注意をアルフェルトから逸させる。

 それと同時にアルフェルトが地面にある魔法陣を描き始める。特殊な液体を地面に染み込ませていく。

 システィはその幾何学模様を定規などを使わずに綺麗に描いていくアルフェルトをじっと見つめていた。真円を描くのは大きなものになるほどに難しくなっていくのだが、彼の描く円は両腕を伸ばすほどに大きく、そしてその真っ直ぐな直線も人よりも長い物であった。

 そんな芸術のようなアルフェルトの魔法陣は完成すると緑色に輝き始め、彼の目も次第に光を放ち始める。


「完成した。ユイ、こっちに来い」

「ええ」


 ユイは返事をすると、その最後の一振りで巨人の足首に深い裂傷を負わせてからアルフェルトの後ろに下がった。


「口を開けて耳を塞いでくれ」

「うん。わかった」


 システィはこの行動の意味をよく知っているからすぐに行動に移せた。ユイも彼女に倣う形でその態勢になる。


「小さき粒子たちよ。光を超えるその速さで破壊を示せ」


 アルフェルトの呪文とともに魔法陣が強く光を放つと、爆音が鳴り響く。目の前の巨人が一瞬にして消え去り、洞窟の天井も崩れ、太陽が砂塵の奥で顔を覗かせている。


「うわぁ……」

「恐ろしいわ」


 システィとユイはその光景を呆然と見ている。

 アルフェルトはふぅと小さく息を吐くと、緑に輝いていた目が通常の色へと戻る。

 そんな彼を見て、システィが質問する。


「あれってこの前話してくれた反物質粒子砲なの?」

「いや、あれは普通の粒子を使った物だ。分子レベルでの破壊が必要ではなかったからな」

「荷電粒子砲か」


 システィが顎を手で押さえて深く考え込んだ。


「なんのことかわからないけれど、あなたを敵に回したくないわね」


 ユイが遠い目でそう呟いた。それを聞いてシスティも大きいく頷いて肯定する。


「うんうん、アルフェルトの本気って怖いね」

「あれでもかなり威力を抑えた方だ」


 アルフェルトがそう答えると、システィは気が動転しそうになっていた。


 大型巨人がいた洞窟だったが、もはや洞窟は崩れてしまい小さな丘へと変わってしまった。幸いにも鉱山地帯は少し砂塵が舞った程度で大きな影響はなかった。

 そのあとは依頼達成の報告をするためにギルドに向かうのであった。

 ギルドに戻ると、エルセが受付でいつも通り待っていてくれていた。


「依頼主の土地は無事に守られたんだが、近くの洞窟を壊してしまった」

「さっきはその音だったんだ。依頼主の土地と関係なかったら大丈夫よ」


 エルセは別段驚くような素振りはせずに淡々と依頼達成と書類に記していく。


「もしかして、ここまで響いていたのか」

「花火程度には聞こえていたかな。はいこれ」


 そう言って依頼書を片付けるとチケットのような物を受け渡される。


「これは?」

「報酬の交換券よ。受け取りは店になっているから」

「なるほど、自分で歩いて行けと言うことか」


 アルフェルトはその交換券をシスティに受け渡す。


「なんか、ボクだけ報酬もらってしまってるけど……」


 システィは交換券を受け取ると、少し申し訳なさそうな顔で二人を見つめる。


「気にするな。あれぐらいどうってこともない」

「そうよ。私たちのことは気にしないで」


 アルフェルトとユイはそう言うと、システィの表情は明るくなる。


「ありがと。この恩は仕事で返すからね」


 システィは親指を立てて自信満々でそう宣言する。それを見てアルフェルトとユイは大きく頷いた。


「あの、ちょっといい」


 その様子を見ていたエルセが気まずそうに話を切り出してくる。


「なんだ」

「魔物ってどんなのがいたのかなって」


 どうやら報告書の関係でどのような魔物がいたのかを書く必要があるようだ。そのことについて説明してほしいそうだ。


「ああ、名前は知らないが悪臭を放つ巨大な人型の魔物がいた」

「え、もしかしてジャイアントオーガを倒したの?!」


 アルフェルトがどんな魔物がいたのかを説明すると、今まで驚きを隠していたエルセが大声をあげた。

 その言葉を発した瞬間、ギルドの他の受付が、それどころか受付に隣接している酒場の同業者たちまで時間が止まったかのように静まり返った。

 その静寂の中、アルフェルトは小さく頷いた。


「ご、ごめんね。大声出しちゃって。ジャイアントオーガって魔物の中で一番厄介なの。得のあの悪臭が酷くてね。今までギルドで倒したって冒険者は二組ぐらいよ」


 エルセが小声でそう説明する。

 ジャイアントオーガはその巨体と悪臭で何組もの冒険者たちを苦しめてきたようだ。話によるとギルドで倒したことがあるのは二組程度で、それも大きな被害を出したようであった。


「そうなのか。悪いが倒したと言う証拠はない。すべて消し去ってしまったからな」

「どんな魔術を使ったかはあえて聞かないでおくけど、今度倒したら証拠を持ってきてくれるかな。私の評判も上がるから」


 そう言うとエルセはアルフェルトに向かってウィンクをする。今度は持ってこいと暗に示しているかのように。


「余裕があればそうしたいところだ」

「じゃ、よろしくね」


 そう言うとエルセは書類を書き込んで奥の部屋へと向かった。

 それを見ていたユイが呟く。


「あれだけ巨大だと流石に倒せないわよね」

「剣とかでは難しいだろう」

「聖剣があれば問題ないんだろうけど、それでも厳しい戦いになっていたと思うわ」


 ユイはどこかアルフェルトがいてくれてほっとしていたようだ。今聖剣を持っていない彼女にはあれほどの強敵に対してはほぼ無力である。致命打となる攻撃を与えられないからだ。


「そうか」


 すると、システィが交換券を見ながら二人に声を掛ける。


「ねぇ、エルメンライクの店って王都の西通りにあるんだって」

「西通り? まだ行ってなかったわね」


 三人が言ったことがあるのは南通りと東通りあたりだけだ。


「散策も含めて行くとするか」

「ええ。そうしましょう」


 三人はギルドを後にして西通りに向かうことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る