弟子の暴走

 翌日、とある女性が三人が泊まっている宿を訪れた。その女性はイルエであった。

 イルエは昨日王宮で出会った一人である。彼女は三人よりも先に王家直属の部隊の一人であった師範級マスターと呼ばれるほどの魔術師である。

 そんな彼女が今、大部屋の扉を叩きながら大声を上げている。


「ここにいるのでしょ!」


 三人の泊まっている大部屋の扉の前で待ち伏せしている。一方、部屋の中の三人はどうしたものかと考えていた。


「どうする?」

「来るとは思ってもいなかった……」

「そう、よね」


 三人は悩んでいた。イルエがここに入ってこれば何が起こるかわからない。

 そんなことを考えているとイルエがもう一度扉を叩いた。


「王家直属部隊って権利で勝手に入れるのだけど?」


 職権濫用だ、そう三人は心の中でそう思った。


「わかった。今から開ける」


 そこでエルフレットは深くため息を吐いて、観念したように扉を開ける。

 扉を開けるとそこにはイルエが立っていた。イルエはエルフレットを見るなり意外そうな顔をする。


「えっと、その……」


 そう口にすると、イルエはフードを深く被り、赤くなった顔を隠す。


「どうしたんだ?」

「いや、その寝起きを訪ねるってこ、恋人っぽいなって」


 イルエは指先を合わせながらそう言う。


「ちょっと何言ってるの?」


 その言葉に困惑したエルフレットだったが、いち早く反応したのはシスティであった。

 システィは少し頬を膨らませながらイルエの前に立ち塞がる。

 イルエはまさかシスティがいるなんて思ってもいなかったようで、目を見開いて驚いていた。


「えっ……二人はそういう関係なの?」

「そういう関係って、うーん  」


 システィは頬にこもった熱を覚ますように手で顔を仰いで、自分を落ち着かせていた。そこで見かねたユイが口を開く。


「私たちは三人でパーティを組んでるの。もともと低ランクの冒険者だから一つの部屋でなんとか宿泊費を抑えようってことになったのよ」

「そう、それなら別にいいのだけど」


 ユイは最もらしい理由を作ってくれたようで、イルエは納得しきれていなかったが事態は丸く治ったようだ。

 イルエを部屋に入れてここを訪れた用件について話を聞く。


「こんな朝からどうしてここに?」

「師匠に弟子入りするということでここに来た」


 イルエは昨日王宮でエルフレットの魔術を見て弟子にしてほしいと言ってきた。確かにいいとは言ったが、エルフレットはここに来る理由としては少し少ないように思っていた。


「それならわざわざここに来る必要はなかったのではないか?」

「……弟子入りって言うのは師匠の所に泊まり込むものよ」


 イルエは少し考え込んでから答えた。


「ふむ、それなら仕方ないのだろうな」


 エルフレットはこの世界ではそれが普通なのだと納得する。しかし、それを見ていたシスティがまた頬を膨らませて口を開く。


「仕方なくないでしょ。ここはボクたちの部屋だよ」

「何、この部屋の大きさであれば一人ぐらい増えても問題ないだろう」

「そう言う問題じゃなくて〜」


 システィはエルフレットに対して腕をぶんぶんと振って抵抗する。しかし、理屈で彼を丸めるのは無理だと判断するとすぐに諦めたように小さくため息を吐いた。


「それより、急にここで泊まり込むと言うのは大丈夫なのか?」

「うん、王家の方々にも連絡してあるし、宿主のテルミーにもちょっとお願いしたら許可が出たから」


 その言葉を聞いて三人はやはり職権濫用だ、と確信したのであった。

 しかし、エルフレットはそれよりも気になることがあったのだ。


「そんなことをして王家の護衛とかはどうするんだ?」

「ああ、それね。私たち以外にも直属部隊っていくつもあるの。その人たちがいつも護衛してくれてるのよ」


 イルエがそう言うと、それに続けるようにユイが質問をする。


「それなら私たちはどんなことをすればいいのかしら」


 そう、直属の特殊部隊と言っても具体的にどのような事態で動くのかまだ三人には聞かされていなかったのだ。


「私たち特殊部隊は王家の、それも国王陛下だけの部隊。国王陛下が必要と判断することで初めて私たちが活動できるの」


 イルエによると、国王陛下がこの特殊部隊を必要とする時にのみ活動が行われるようだ。


「そんな緊急事態は頻繁に起きるのか?」

「ええ、最近魔族の活動が激しくなっているの。それで直属部隊も一度は壊滅しかけたから」


 イルエは膝に乗せた手を強く握り込んだ。その仕草からもイルエは決意を固めているようにも思えた。

 そう、特殊部隊はイルエ以外にも多くいた。しかし、つい最近魔族の攻撃によりイルエ以外の隊員は壊滅してしまったのだ。

 国の平和はこうした犠牲の上に成り立っている。誰かが国を守るため、市民を守るために努力し、命をかけることで国政は平和を維持していたのだ。

 三人がこの国に入った時に感じた平和はこうした犠牲の上で成り立っているのだと実感するのであった。


「なるほど、魔族が活発なのであればオレたちが呼ばれることも多いのだろうな」

「そう、そうだから私たちはもっと強くならなくてはいけないの。多くの人を守るためにも私はこうしてエルフレット様の弟子になって  」

「ちょっと、”様”って何よ!」


 システィがイルエの言葉に不快に思ったのか鋭くツッコミを入れた。


「師匠だからエルフレット様、普通でしょ」

「まぁその方がいいのなら大丈夫だ。こう言うのには慣れている」


 そんなエルフレットの言葉にシスティはまたムッとした表情をする。


「とりあえず、イルエさんは強くなって市民を守りたいってことでいいかしら」


 そのやりとりを止めるかのようにユイはイルエに話しかける。


「そうよ。だから一日でも早くこうして来たってわけ」

「ふむ、すぐに魔術を教えてやってもいいが、オレたちはまだここについて何も知らないからな」

「それって魔術の修行に必要なの?」


 エルフレットは組んでいた腕を解いて、イルエに体を向ける。

 イルエは一瞬目を見開いて緊張した表情になるが、すぐに真剣な表情になる。


「ああ、魔術にもいろいろある。城壁を守るのか攻めるのか、さらに設置魔法の相性なども関係している。その場で最適な魔術を教える方が効率がいいからな」

「そうか、それもそうね」


 イルエはエルフレットのその言葉を聞いてはっとする。

 魔術の効果を最大限に発揮するにはその場で最適な魔術を構築する必要がある。そのためにもこの国の防衛体制、さらには攻撃の際の戦術なども考慮しなければいけないのだ。


「わかった、今日はさすがに無理だから、明日にでも城壁に行こう」

「そんな早くに行けるのか?」

「私たちの権限があればなんでもできるの」


 イルエは親指を立ててそう言う。やはり彼女は権力というのをフル活用しているようだ。


「そうか、それならオレたちにとってもいい話だ」

「じゃ決定ね!」


 すると、イルエはすぐに許可を得るために立ち上がろうとする。しかしそれをエルフレットが止める。


「あとだ、イルエは魔力制御がまだ甘いところがある。もう少し肩の力を抜くといい」

「え、それって宿題か何か?」

「もちろんそうだな」


 イルエはその言葉を聞いてパッと明るい顔になった。それほどまでに自分を高めていきたいのだろう。


「うん! 次魔法を見せる時にはエルフレット様を見返すぐらい制御できるようにしておくからね」

「期待しておくよ」


 そう言ってイルエは大部屋から出て行った。


「あんなに魔術に貪欲な人は見たことないな」

「そうなの?」

「オレの世界では魔術は皆学校で学んでそれ以上は学ぼうとはしない。それどころかそんな余裕すらなかったからな」


 エルフレットの世界はドラゴンがいつ来るかわからなかった。だからみんなはそれに怯えてしまって安心して魔術を学ぶことができなかったのだ。だが、エルフレットはドラゴンの一体や二体程度の攻撃などなんの脅威でもなかったため、魔術を極めることができたのだ。


「ボクも余裕がなければ勉強なんてできなかったかも」


 システィはそう言って深く考え込んだ。システィの世界も完全には平和とは呼べなかったが、自分を守れるまでには強かったため大量の知識を蓄えることができた。


「二人はそうなのね。私は昔から鍛錬ばかりだったからわからないわ」


 エルフレットやシスティに対してユイは鍛錬こそが自分を強くする唯一の方法だったためそれ以外は考えていなかったのだ。

 それからはそんな三人の境遇をお互いに確かめ合うように話し合ったのだ。

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