迷い猫の料理

 それから依頼を遂行したということで、ギルドの方から報酬が出た。もちろん依頼主が王族と言うことで、報酬も莫大なものになると思っていたのだが、それはなぜか普通の金額となっていた。

 一日中拘束されていたわけだが、報酬は一〇万グランとなっていた。

 ただ、それでも目的の一つは達成できるものであった。

 報酬を受け取って、商店街で必要なものを買い集めることにした三人はふと気になることがあった。


「この世界は魔石を使って道具を動かしているようだな」


 魔石とは魔力を貯め込んだ作られた特殊な石のことだ。そこから魔力を取り出すことで魔導具を稼働させているようだ。


「エルフレットって魔石を作れるんだよね。ってことは動力は問題ないの?」

「まぁそうなるな」


 そう言ってエルフレットとシスティは商店街で買い物を続けるのであった。


 今回の指名依頼の報酬を全て使って買った道具は五つほどあり、それらを『迷い猫の宿』に持っていった。


「おかえりなのにゃ!」

「ただいま」


 『迷い猫の宿』に入ると昨日と同じくテルミーが元気な笑顔で出迎えてくれた。その笑顔の裏にはきっと絶え間ない努力と信念があると三人は感じた。

 彼女がここに宿を開く前に何があったのかはわからないが、それでも彼らは彼女にそのような過去があるとわかったのだ。


「今日は荷物が多いのにゃ」


 三人の手荷物を見て、テルミーはそう言った。


「ああ、これはオレたちからの贈り物だ」


 エルフレットが手に持っていた紙袋をテルミーに渡す。


「ウチにプレゼントなのにゃ?」


 テルミーが手荷物を受け取ると意外と重たかったのか、少し驚いていた。

 その様子を見てシスティが「開けていいよ」と言う。

 荷物を開けるとそこには調理用魔導具の数種類が入っていた。どれも料理の手間を省くのに使われるもので、さらにシスティが改良してさらに扱いやすくなっているものだ。


「高級レストランにあるものと同じなのにゃ……」


 テルミーはそう言って紙袋から出てくる調理用魔導具を手に取っていた。


「それだけじゃないよ。このボクが扱いやすいように改良したからね」


 システィがそう胸を張って言う。彼女はその魔導具の効率を上げるためにいろいろ工夫を凝らしていたのだ。


「嬉しいのにゃ、でもウチには魔石を買うお金がないにゃ」


 そう落ち込むテルミーにエルフレットが口を開く。


「この程度の魔石なら無限に作れる」


 すると、エルフレットの手から溢れんばかりの魔石が生成される。もちろんこれはエルフレットが魔石を作っているのだ。


「こ、こんなに!」


 テルミーがその光景に驚いている。

 商店街で魔石の相場を見ていたが、商業用に使われる高純度の魔石は一つで一〇万グランはするものであった。高純度の魔石はその寿命と出力の高さから様々な魔導具に使われているのだが、当然それらの魔石を扱わない一般庶民には縁のない代物であった。


「これだけあれば十分だろう」


 そう言って百個以上の高純度の魔石を生成したエルフレットは麻袋にその魔石を詰めてテルミーに受け渡す。


「……プレゼント、なのにゃ?」


 テルミーは今にも泣きそうな声でそう三人に問いかける。その問いかけに三人はうなずくとテルミーは涙を流した。


「こんなに優しくしてもらえたのは初めてにゃ。ありがとうなのにゃ」


 そう言って感涙に浸っているテルミーの頭をユイが頭を撫でる。


 それから調理用魔導具を設置した『迷い猫の宿』は以前よりさらに質の高い調理や特殊な料理法などで料理を振る舞うことができるようになったのだ。

 テルミーはそれらの魔導具をまるで使い慣れているかのような手つきで扱い始める。以前はこのような道具を使って料理をしていたのだろうと三人は思った。

 この日の夕食は昨日のパイだけではなく、低温調理されたステーキなど様々な高級料理を楽しむことができたのであった。


 その日の夜、三人はベッドに腰をかけてこれからの活動について話し合っていた。その内容は王家直属の特殊部隊として任命されたことであった。


「王家直属ってなんか緊張するね」

「そうかしら、私は特に何も思わないけど」


 ユイは以前の世界でも王国の剣士として活動していたため、このような状況になっても別に驚くようなことはなかった。しかしシスティはそう言うわけにはいかず、政府の極秘部隊として活動していたが、それとこれとはどうやら別の感覚なのだそうだ。


「とにかく、これからどうするかってのは決めておかないとね」

「ああ、人類の平和のために呼ばれたんだ。そのために尽力を尽くすのは当然だろう」

「ボクもエルフレットと同じ意見だけど……」


 エルフレットとシスティの意見を聞いてユイは少し考える。


「あなたたちは知らないと思うけど、王家って意外と敵を作りやすい立場なのよ。特に権力を欲しがる貴族は王権欲しさに暗殺とか計画したりする。それを守るような仕事も任されるかもしれないわ」

「そんな権力争いって本当にあるんだ」


 システィは口を手で押さえて驚いている。彼女の世界ではこのような権力争いはほとんどなかったのだそうだ。

 それに対してユイは王家と呼ばれる人たちと交流していたこともあって、当然そのような事情はよく理解しているようだ。エルフレットは特に驚くことはなかったが、エルフレットもそもそも王族とは特に関わっていなかったため、知らないとのことだった。


「うん。もちろんすべての貴族がそうってわけじゃないと思うけど、事件に巻き込まれることとか増えると思うわ」


 ユイはもう一度確かめるようにエルフレットとシスティに目を向ける。


「オレは別に構わん」

「ボクも要人の警護は経験あるし、大丈夫!」


 しかし、ユイの心配は杞憂に終わった。二人はそれでもやり遂げようとしているのだ。

 特にシスティに関しては以前の世界で要人を護衛することがあったそうで、その経験を活かしたいと思っているようだ。


「とりあえずこれからの活動の方針は決まったわね」

「そうだな」


 当面、エルフレットとシスティ、ユイの三人は冒険者として魔物勢力を弱め、人間領の拡大を図る。そして、もう一つの顔でもある王家直属の特殊部隊として魔族との戦闘、または王家の護衛を担うことになったのだ。

 これらを基準に活動していくことに決まったのだが、まだ三人は完全ではない。もちろん伝説級の道具がないからと言うわけではない。ただ単に彼らはまだ全力を出しきれていないと言うことだ。

 彼らには今回のような窮地など苦労とも思っていないのだから。


「決まったから話し合いは以上、さぁ寝ましょうか」


 そう言ってユイは掛け布団を広げる。それを聞いて二人もベットに入る。


「おやすみ」

「おやすみなさい」

「おやすー」


 三人は今日の疲れを癒すように眠るのであった。

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