残る疑念

 なんとか王宮にまで辿り着いたシスティとイルフェスは国王陛下がいるであろう玉座の間に向かうことにした。とりあえずそこまで連れて行けば大丈夫だろうと思ったからだ。


「この先です」


 イルフェスの案内で王宮内を駆け回る。

 まだ少しだけ魔石の魔力が残っているようで駆け回っている様子は誰にも見えていないようだ。


「この扉の奥が玉座の間です」


 少し息を切らしてその扉の前にたどり着く。それと同時に魔石の魔力が切れたのか不可視の術が解ける。


「何者だ!」


 国王陛下の周りに六人の近衛兵が玉座の間にいた。

 イルフェスがすぐに膝をついて名を名乗る。


「イルフェス・エンドロバーグ、ただいま戻りました」


 すると王冠をかぶった国王陛下が重々しく口を開く。


「イルフェスか、まさかここまで来るとは」

「え……?」


 すると国王陛下の周りにいた近衛兵が一斉に武器をイルフェスに向ける。

 それを見たシスティはすぐにイルフェスを守るように彼女の前に立つ。


「お父様、なぜそのような」

「騒ぐではない。さっさと殺せ」

「「はっ!」」


 システィはその時国王陛下に焦りの表情があったのを見逃さなかった。

 そして、近衛兵が駆け寄ってくる。その刹那、七発の銃声が玉座の間を轟かせた。

 一瞬にして放たれた銃弾は近衛兵の足元を完璧に射抜いており、近衛兵が倒れ込む。

 一秒にも満たない時間の中でシスティは正確に近衛兵の太腿を射抜いたのだ。


「な、なんと……」


 国王陛下が声を出したと同時に背後の扉が開かれた。

 システィはすぐに振り返るが、手持ちの回転式拳銃には弾丸が装填されていない。先ほどの七発で撃ち切ってしまった。

 自分に攻撃できる手段がないと察したシスティは目を伏せた。


「動かないで」


 その声で身を固めていると、システィの耳元にブンッと風を切るような音が聞こえ目の前にいた近衛兵が誰かに押されたかのように後方へ吹き飛んでいく。


「お父様!」


 イルフェスがそういうと国王陛下に飛び付いた。


「すまない。怖がらせることをしてしまって」


 イルフェスは大きく首を振って国王陛下の胸に顔を押し付ける。


「ううん、私、信じてたから」


 泣きながら抱きついているイルフェスの頭を優しく撫でながら、国王陛下はシスティの方へ視線を向ける。


「こたびは大義であった。深く礼を言おう」


 そう言って国王陛下は軽く頭を下げる。

 すると、扉が開きエルフレットとユイが到着する。


「大丈夫そうね」

「ああ、そのようだな」


 エルフレットは倒れて悶えている近衛兵に治癒魔法を施し、傷を直す。そして、洗脳された精神も元に戻す。


「あれ、俺なんでここに……こ、国王陛下!」


 起き上がった近衛兵は一気に凍りついた。


「別に良い」

「「はっ!」」


 一同は気を付けの態勢を取った。

 エルフレットの到着を見たイルフェスは不思議そうに見つめていた。


「あの人たちはどうしたの?」

「眠らせておいた」


 エルフレットの言葉を聞いたイルフェスは凛々しい目で洗脳の解けた近衛兵に命令をする。


「あ、あの、城壁から少ししたところに大量の山賊がいるから確保しててくれる?」


 そう近くの近衛兵に命令するイルフェス。すると、近衛兵は「直ちに」と言ってその場所に向かったようだ。


「……改めて深く礼を言う。君たちを選んで正解だったようだ」

「依頼書に沿って行動をしただけだ」

「そうか。君もそこの者と同じようなことを言うのだな」


 国王陛下は「ところで」と話題を変えてエルフレットに話しかける。


「君は王族直属の特殊部隊に入るつもりはないか?」

「国王陛下、それはあまりにも……」


 エルフレットが答えるよりも早く、横にいる黒いフードを被った女性が反応する。しかしそれを国王陛下が手を伸ばし制止する。


「私はこの者と話しておる」

「わ、わかりました」

「光栄なことだが、一つ条件がある」


 エルフレットは腕を組んで国王陛下に言う。


「なんでも言うが良い」

「ユイとシスティも入れて欲しい」


 その言葉を聞いて国王陛下は目を鋭く光らせる。


「それだけでいいのか?」

「ああ」


 国王陛下は少し考えた後、すぐに決断する。


「よかろう。三人を直属の特殊部隊への入隊を許可する」

「感謝する」


 エルフレットがそう言うと、ユイが一歩前に出て国王に話しかける。


「一回の任務でどうして私たちにそこまで信頼を置くのですか?」

「簡単なことだ。昨日冒険者に登録した時点でほとんど決まっていた。貴族の傀儡かいらいになっていない確実な人材が欲しかったのだ」

「なるほど、それで私たちにしたと言うことですね」


 疑問が晴れたのか、ユイは納得したようだ。しかし、この中で一人納得できていない人がいた。


「やっぱり納得できない。陛下、この人たちは一端の冒険者です。それも昨日登録されたばかりの新人」

「それがどうした」

「実力が知れないと言うことです」


 するとフードの女性が青筋を立てているかのように語気を強めそう言う。


「そこの者はここで早撃ちをして見せた。あの速度で銃を撃てる者などそうはいまい」

「ですが、魔術において私は師範級マスターです。その男程度敵ではありません」

「では試してみるか?」


 フードの女性に答えたのはエルフレットだった。エルフレットの目は先ほど見せたエメラルドのような光を放つ魔眼で、彼女をしっかりと捉えていた。

 その魔眼を放っていたのを見てユイはまた小さく身震いをする。その魔力に以前戦った魔王を重ねてしまうからであった。


「なっ……禍々しい術でこの私が怯むとでも! 来れ、地獄の業火よ」


 フードの女性の右手に拳大の大きさの目を背けたくなるほど明るい灼熱の炎を出現させて見せた。


「これが魔術師協会の中で私だけが扱える魔法だ」

「ほう、その蝋燭の火がか」

「小さいと侮るなよ」


 そうすると、その炎を振りかざす。その瞬間机の上に置いてあった紙が炎から離れているのに発火し始めた。その炎が放つ熱波で紙が燃えてしまったようだ。それほどにその炎の火力が高いと言うことである。


「どうだ、近づくだけで燃える。それほどに高温なのだ」

「悪いが、オレには蝋燭の炎にしか見えん」


 エルフレットはそう言うとおもむろにフードの女性に近く。


「無防備な、死ぬよ!」

「たかだかそのような火で死ぬことはない」


 そういってエルフレットは拳大の炎の塊を片手で握りつぶした。


「そんな、ばかな!」

「その程度の炎ということだ」

「地獄の業火を摘むように消した、だと……」


 目の前で起きた現象に驚きを隠せないでいた。


「これでオレの力が証明できたか?」

「おっ——」

「なんだ?」


 すると、フードの女性はフードの縁を摘んで顔を完全に隠す。


「教えてくれ」

「どういう……」

「わ、私の師匠になってほしいと言ってるのだ!」


 語気を強めたと同時にフードが跳ね上がった。

 フードから顔を出したのは肩まで伸ばした茶髪に目鼻立ちの整った美しい女性だった。そして、ユイと同じくらいの年齢だろうか、師範級マスターと名乗るには若過ぎるぐらいであった。


「ふむ、いいだろう。オレはエルフレットだ。お前の名は?」

「図に乗るなよ。け、決してお前の魔術に見惚れたわけじゃないからな!」


 そう言ってフードの女性は一呼吸置いてから続ける。


「私の名はイルエ・マントーニだ」


 するとその様子を見ていたシスティがいち早く反応する。


「それ、ツンデレってやつだ!」

「うるさい!」


 そういうとイルエはまたフードを深く被った。その様子を見てシスティはよほどおかしかったのか大笑いする。


「全く愉快な人たちよの」


 国王陛下はその四人のやりとりを見て、そう微笑みながら呟いた。

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