邪念を振り切って

 王宮へと出発する準備が整ったようで近衛兵の男が三人の乗る馬車へとやってきた。


「王族専用の馬車に乗れるとは今後一生ないだろうな」


 そう言って三人を大型の馬車に乗せる。

 馬車に乗ると、そこにはイルフェスが先に乗っていたようだ。

 イルフェスは三人を見るなり警戒を強めたのか近衛兵に声をかける。


「この人たちは?」

「はっ、陛下の指示により応援に駆け付けてくださった冒険者様の方です」


 さっきまでの態度とは大きく変わり、謙った言い方で接している。


「そ、そうですか。わかりました」


 その言葉を聞いてどこか安心したように胸を撫で下ろした。


「では、早速出発いたします」


 近衛兵の一言で馬車が動き出す。来た時の馬車とは違い、この馬車は揺れが最小限に抑えられているようだ。

 席も柔らかい素材で覆われており、とても座り心地がいい。


「あなたたちはいつ冒険者になられたのですか? 見たところ歳が近いように思えます」


 馬車に揺られて長い間沈黙が続いていたが、イルフェスは歳の近いシスティに言葉をかけた。


「昨日からだよ」

「き、昨日からですか。そうですか……」


 その言葉を聞いた途端イルフェスはまた不安そうな顔をした。当然、昨日に冒険者になったばかりの人に護衛されていると思うと不安に思うのは無理もない話だ。

 するとシスティは胸を張って口を開いた。


「大丈夫! 王国の東部にある森林地帯の魔物を全滅させた大型新人だからね」

「あの魔の森をたった三人で、ですか?」


 それを聞いたイルフェスは驚いていたようだ。


「あの場所は騎士団でも対処できなかった場所です。後に大規模な作戦を考えていたのですが。ただ、そんなあなたたちが来てくれてとても心強いです」


 そう言って改めてイルフェスは頭を下げた。


「そんな礼なんていらないよ」

「いいえ、そうはいきません。実は——っ!!」


 その瞬間馬車が大きく揺れた。それと同時に周囲を護衛していた近衛兵が慌ただしくなる。


「王女を守れ!」「裏からも攻撃が来るぞ」「あともう少しだってのに!」


 今いる部分は小さな森になっており、王都からの応援はすぐには来ないだろう。さらにこの地形では待ち伏せされてもすぐに対処できないだろう

 当然その声にイルフェスはただ怯えるだけであった。ユイとシスティはイルフェスの背中をさすることでなだめている。


「少し様子をみようか」


 そう言ってエルフレットは馬車の窓から顔を出した。


「どうかしたのか?」

「素人が! 引っ込んでろ!」


 そう言って近衛兵が窓を力強く閉めた。


「どうだった?」

「あの調子だとすぐに決着がつくな」


 すると、外の喧騒はすぐに治った。


「……終わったの?」


 イルフェスは恐怖に震えながら三人に問いかける。


「いや、全滅したようだ。システィ、王都まであと数分だ。王女を案内してくれ」

「敵に囲まれてるって言ってたけど?」

「この魔石を持って走れ」


 そう言ってエルフレットが魔石を錬成して、システィに渡す。


「これは?」

「不可視の魔石だ。王宮まで魔力が保つようになっている。合図でここから走り出せ」

「わかった」


 イルフェスも恐怖で怯えているものの体は動かせるようで軽く頷いてみせた。


「私が活路を開くわ」


 そう言って、ユイは扉を蹴り破り高速な剣撃で敵を圧倒していく。

 その様子を見てエルフレットはシスティの背中を押す。すると、システィとイルフェスの体が景色に同化していくように消えていく。

 ユイが切り開いてくれた道を堂々と走り抜けていった。


「よくやった」

「うまくいったようね。あとは足止めかしら」

「時間を稼いでくれれば、この状況をなんとかできる」


 エルフレットの言葉にユイは不信感を抱いているが、この状況では頷くしかなかった。すでに二人の周りには数十人近くの山賊と思われる人に囲まれている。そして、さっきまで戦っていたであろう近衛兵もその中にいた。


「あれはどうことかしら」

「精神系の魔術だろうな」

「とても心が強いようには見えなかったからね」


 ユイはどこかトゲのある言い方で彼らを罵る。


「どれぐらいかかるの?」


 そう問いかけると、エルフレットの目が綺麗な緑色に光り始める。


「この数だと、三分あれば大丈夫だ」

「……わかったわ」


 そのエルフレットの緑の魔眼に驚きながらもユイは数十人の軍勢に突撃していく。それを見たエルフレットは魔術の展開に集中した。

 ユイは数十人の攻撃をいとも簡単に防ぎ、エルフレットを攻撃しようとしてくる敵からも守ってみせる。

 ユイの一撃で三人の大男が力負けしている。筋力の差ではなく、剣術という技術で倒している。ユイの剣術は筋力で戦うものではない。相手の力をうまく利用して戦う剣術だ。

 このように対複数戦において最も体力を抑えて戦う術でもある。そう、彼女はその場に応じて適切に剣術を変えることで柔軟な戦い方ができるのだ。それは数多もの剣術を知り尽くしているからこそできる芸当である。

 ユイのおかげでエルフレットは三分の時間は簡単に確保することができた。


「……反逆者どもよ、眠るがよい」


 エルフレットの一言で周囲にいた数十人の山賊と近衛兵が眠り始める。バタバタと力尽きるかのように眠る山賊たちを気味が悪そうに見るユイはエルフレットに問いかける。


「一体何をしたの?」

「使い古された睡眠系統の魔術だ。下級だが、規模が大きいからな。どうしても魔力を張り巡らせる必要があったんだ」

「つまり、眠ったってことね」

「ああ、加減がわからなかったが少なくとも今日中には起きないだろうな」

「そう、この近衛兵たちも災難ね」


 ユイは山賊たちにどこか哀れむような目を向けてそう言う。

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