第一章:ようこそ第四の世界へ

迷い猫の宿

 無事に武器を手に入れることができた三人は、王国の散策に出ていた。

 ここ、エーラハベイル王国の王都はかなりの広さがあり、周りを城壁で囲っている。王城を中心に東西南北と大通りがあり、東通りには比較的商店街が多いようだ。

 さっきまで武器を買うために歩いていた道は南通りと言うらしい。

 東通りには南通りよりも市民の数が多く、それに活気に溢れている。領土の外には魔物が蔓延っているのに王国内では平和を維持できている。それはこの国の防衛力が高いと言うことでもあるのだ。

 まさしく人類最後の砦といったところだろうか。

 この城壁に囲まれた王都の外にもいくつか小さな村があるが、城壁から馬車で数分の場所に点在している程度だ。


 陽が完全に沈み、王都内に明かりが灯り始める。その明かりはガスを主燃料としたガス灯が道に等間隔で建てられている。

 ガス灯の中には鏡が取り付けられており、数段明るく周囲と照らしている。


「お腹空いたね」


 システィは順番に灯り出すガス灯を見ながらそう言う。


「ああ、そうだな」

「近くの店で何か買おうよ」


 女神に転生された直後はなぜか満腹感があったが、今は空腹感がある。

 システィを先頭に東通りを歩いているのだが、この時間になるとほとんどの店が閉まっている。レストランなどはもうとっくに閉まっていた。


「お店閉まるの早いね」

「こんなものじゃないのか?」

「私もそう思うけど……」

「え? ボクの世界では二十四時間開いているところもあるよ」


 システィの言葉に二人は驚いた。

 一日中店を開くと言うことがユイとエルフレットには考えられなかったのだ。

 それからしばらく歩いているが、特に店があるでもなかった。


「全然お店ないね」

「仕方ない。さっき酒場がある宿があったからそこで食べるとしようか」

「うん、そうしよう。ユイちゃんは大丈夫?」

「ええ、その方が慣れてるしね」


 ユイは勇者として魔王を討伐するために各国を旅していた。そのためこういった酒場には慣れているのだろう。

 その言葉を聞いたシスティは意外と思ったのか、口をぽかんと開いたままであった。

 猫が描かれている可愛らしい宿に入ると、一人の女性が現れる。


「あ、いらっしゃいませにゃ。『迷い猫の宿』へようこそにゃのだ」

「……獣人族、か」


 三人の前で頭を下げている女性の頭部には獣のような耳が生えており、腰あたりからも尻尾が出ている。


「猫族のテルミーというにゃ」

「かわいい!」


 受付のテルミーがそういうと、システィは目を大きくして反応した。


「このかわいさがわかるのかにゃ? 同志にゃのだ!」


 そういうと猫族のテルミーはポケットから猫耳を取り出し、システィの頭に取り付けた。

 猫耳の質感はとても本物のそれに近く、モサモサしている。


「猫族、初めて聞くわね」

「そこのお姉さんはクールだから、この垂れ耳にするにゃ」


 そうしてユイにも猫耳が取り付けられた。


「むむむ、お兄さんに似合う猫耳がないのにゃ……」


 どうやら黒髪に合うものがないのだそうだ。もともと癖っ毛なエルフレットにはどれを取り付けても浮いてしまうのだ。


「それを付けないといけないのか?」

「そんにゃことないにゃ。でも、申し訳ないにゃ」

「オレは猫族になりたいわけでもないからな。別に大丈夫だ」

「そうなのかにゃ?」


 テルミーはそう不安そうにエルフレットを見つめる。


「ああ」


 エルフレットは軽く頷いてみせる。


「それならよかったのにゃ」


 元気を取り戻したのか、テルミーは表情を戻し続けて話す。


「今日はにゃににするのにゃ?」

「えっとね、ご飯食べてここで寝泊りするの」

「そうにゃのにゃ! すぐに夕食の準備をするにゃ!」

「料金はいくらだ?」

「お客様一号なのにゃ、今日は特別に無料で宿を提供するのにゃ」


 テルミーはそのまま三人を席に誘導し、夕食の準備に向かった。

 その背後から伸びる尻尾はゆらゆらと意志があるかの如く揺れ動いている。その様子を見ていたシスティは口元が緩んでいた。


「テルミーって子かわいいね!」


 システィはユイに同意を求めるような言い方でと話す。


「そうね」


 返事に困ったのか、ユイはたどたどしく返事をする。ユイにも猫耳がつけているのだが、システィと違って垂れ耳である。

 ユイはその垂れ耳を手で触れて、少し恥ずかしいのか目が泳いでいた。

 そんなやりとりをしていると、奥からテルミーが料理を持ってきてくれた。手に持っているのはパイのような見た目の料理だ。それもかなりの量がある。


「お待たせしましたにゃ。ごゆっくりどうぞなのにゃ」


 テルミーはそう言って料理をテーブルに置いた。

 パイの中にシチューが入っているような料理で、パリッとした生地の中にとろりと温かいクリームシチューが口の中に広がる。


「美味しいね」

「ええ」


 ユイとシスティの二人はこのパイが気に入ったのか次々と口の中に放り込むように食べていく。三〇個ほどあったパイをものの数十分で完食したのであった。


「「ごちそうさまでした!」」


 ユイとシスティの二人はどうやら満足したようだ。

 その声を聞いたのか、奥からテルミーがやってくる。


「宿も用意してるのにゃ。これが部屋の鍵にゃ」


 そう言ってテルミーが出した鍵は一つだった。


「あれ、一つだけ」

「大部屋にしてるから大丈夫にゃ」


 テルミーは頑張ったぞと言わんばかりに胸を張っているが、ユイはどうやらそれに不満を抱いているようであった。


「ボクは大丈夫だけど、ユイちゃんはいいの?」

「……仕方ないわね。一つの部屋でいきましょう」


 そう言うとユイはテルミーから鍵を受け取ったのだ。

 そのまま酒場の二階部分に向かうとすぐに宿があった。いくつか部屋があったが、その中で一際大きい扉の部屋が今回泊まる部屋のようだ。

 ユイがその部屋の鍵を開けると、さっき準備したのかベッドが三つ並んでいた。

 すると、テルミーがユイの後ろから声をかける。


「ここはもともと二人用だったのにゃ。今回は特別に三人用にしたにゃ!」


 テルミーは胸を張るように言って、階段を降りていった。


「それなりに大きいわね」


 部屋に入るとユイはそう言って荷物を置く。


「さてと、問題のシャワーの順番だけど……」


 システィが難しそうな顔をする。


「それなら問題ない」


 システィの言葉を遮るようにエルフレットが言う。

 すると、エルフレットの足元から魔法陣が浮かび上がり、そのまま頭の方へと上昇していく。


「これでオレはシャワーに浴びなくてもいいだろ」

「うそ!?」


 システィが驚いたのかエルフレットの匂いを嗅いでいる。


「ハーブのいい匂い……魔法って便利だね」


 シャワーの問題はエルフレットの魔法によってどうやら解決したようであった。


 エルフレットは他の二人より早く目が覚めた。それは外の魔力の気配が原因であった。まだ明朝なのに外の気配は騒がしいのであった。

 その異様な気配を感じ取ったエルフレットは二人を起こさないように起き上がり、外を警戒することにした。


「ふむ、数は数十人だが、こちらに対する攻撃ではないか」


 自らの魔力を広範囲に張り巡らせることで、状況を把握したエルフレットは再びベッドへと戻り朝を迎えることにした。

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