初めての任務

 それからしばらくはシスティが武器庫の方で銃を選別していた。

 そして、選び終わったのかユイとシスティはエルフレットの方へと合流する。


「ごめんなさい。待たせたわね」

「気にすることではない」

「こ、怖かった……」


 システィはまだ少し怯えているのか足が震えているようだ。その様子を見てユイは優しい手つきでシスティの頭を撫でる。


「大丈夫よ。私が守るから」

「……ありがとう」


 システィはユイのその言葉で落ち着きを取り戻しつつあった。


「そういえば、銃は弾薬がいるのではないか?」


 話しかけて大丈夫だろうと判断したエルフレットはシスティにそう問いかける。


「そうだね。このままだと撃てないから」


 どうやらそのような消耗品は自分で用意しなければいけないようだ。流石のギルドでもそこまでは面倒が見切れないのだろう。


「ふむ、どのようなものが欲しい?」

「え?」


 エルフレットの不意な問いにシスティは驚く。


「あー、えっとだな。オレも詳しくはないが、教えてくれればある程度の物は錬成できる」


 エルフレットは頭を軽く掻きながら、システィにそう説明する。


「ちょっと待ってね。この銃の構造だったら……」


 システィは手慣れた手つきで銃を軽く分解する。銃の機関部を露出させた状態でシスティは口を開く。


「えっと、何か書くものあるかな?」


 システィがそう言うと、エルフレットは手を広げる。その刹那、青く美しい光子が漂い紙とペンが錬成された。

 その異常な光景にユイやシスティはもとより、酒場にいた男たちも驚きを隠せないようであった。


「もう少し大きい紙が必要か?」

「じゅ、十分だよ」


 システィは空中に浮かんだ紙とペンを手に取り、設計図のようなものを書き始める。

 弾丸の絵を描き、その周りに大きさなどの注釈を添えてエルフレットに手渡した。簡単な設計図ではあるが、エルフレットが錬成するには十分であった。


「この”センチ”というのはどれぐらいの長さだ?」


 設計図に書かれてある長さの単位をエルフレットが問う。すると、システィはすぐに紙の上に一つの線を引いた。


「この長さが一センチだよ。作れるのかな?」

「ふむ、構造としては単純だな。素材も難しいものではない」


 そういうとエルフレットはもう一度手を広げる。そして、またもや青く美しい光子が漂い始める。

 その光景にユイとシスティ、また酒場の男たちも息を飲んだ。


「手を出してくれるか?」

「こ、こうかな」


 システィが青白い光子の下に手を差し出す。

 すると、一つの弾薬が落とされた。


「て、手品みたい……」


 システィはそう奇妙な手品を見ているかのような興味深そうな目でその弾薬を見つめる。


「使えそうか?」

「うん! これなら十分だよ」

「それはよかった」


 すると、システィの手のひらに溢れんばかりの弾薬が生み落とされ、それを溢さないようにあたふたしながら受け止める。


「ありえない! 魔石を使わずに魔法を行使するなんて!」


 その光景を見ていた酒場の男の一人が叫びだす。

 しかし、それを聞こえていないふりをして、エルフレットは口を開く。


「……行くとするか」


 システィは大量の弾薬をポケットになんとか詰め込む。


「ええ、そうね」

「うん!」


 ユイとシスティは錬成魔術の光景にまだ驚きを隠せていなかったが、エルフレットのその一言でギルドを後にする。

 そう歩き出したエルフレットはふと”あの場でするべきことではなかったな”と小さく反省するのであった。


 ギルドを出た三人は依頼のあった王国東部の森林に向かう街道を歩いていた。

 人気も少なくなり、街の喧騒から離れたところでシスティが興奮気味にエルフレットに話しかける。


「さっきのすごいよ! あの魔法ってなんでも作れるの?」

「いろいろ制限はあるが、単純なものであれば基本なんでも錬成できる」

「じゃ弾薬には困らないんだ……」


 そういうとシスティは神妙そうな顔をして呟く。

 しばらく歩いていると、大きな森林地帯を見つける。どうやらあの地点が依頼で書かれていた場所のようだ。


「あそこが依頼の場所か」

「そうみたいね」


 そうして三人が見つけた森林地帯は自然豊かなイメージよりも不気味さが増しており、禍々しく怪しい雰囲気を漂わしている。

 木々に張り付くように生い茂っているツタを潜ると、そこには動物の死骸が無数に横たわっていた。

 肉は食いちぎられているようで、魔物がここで狩りをしたことがわかる。すると、その死骸をユイは調べ始めた。


「どうやら二メルトほどの大きさのようね」

「えっと、どれぐらいの大きさなのかな?」


 ユイの分析にシスティが質問する。当然三つの異なる世界から来ているため、このような単位に関しては違いがあるのだ。


「そうね。さっきの大男より少し大きいぐらいかしら」


 ユイは顎に指を当てて、そういう。


「そ、そんなに大きいのが……」


 システィは口を手で覆いながらそう言う。魔物を見ていないシスティにとっては驚くのも無理はない。

 それに対してエルフレットは無表情でその言葉を聞いていた。その様子にシスティは口を開いた。


「エルフレットはびっくりしないの?」

「オレの世界に蔓延っていたドラゴンに比べれば小さなものだからな。別段驚くことはない」

「その……ドラゴンっていうのはどれぐらいなのかな?」


 その話を聞いてシスティが少し興味深そうに聞いてくる。


「ふむ、成体で最も小さいのでいえば、ギルドであった大男が五〇人ほどと言ったところだな」

「小さいので、五〇人……」


 システィはどこか遠くを見るように唖然としたのであった。

 それからしばらくは動物の血痕を辿るようにして魔物を探す。そして、魔物特有の嫌な気配が周囲に漂い始める。


「来るわね」


 ユイが先ほどギルドで借りた薔薇の彫刻が彫られた剣を引き抜く。それを見たシスティはギルドの小銃にエルフレットが生み出した弾薬を詰め込む。

 そして、エルフレットは周囲に魔力を広げることで魔物を探索する。


「……数は百体ほどか」

「小規模ね」


 システィはユイとエルフレットのやりとりに「それで小規模なの!?」と言いたそうにしてたが、すぐに銃を構える。その先には魔物がいたのだ。


「私が突撃するから、エルフレットはシスティの援護を」


 ユイがそういうと素早いステップで魔物の方へ駆けていく。


「は、速いね……」

「そうだな。前方はユイに任せて、両翼に展開している魔物をやるとしようか」

「うん!」


 銃声が鳴り響くと同時に広範囲に魔法陣が浮かび上がる。その魔法陣が光り始め、強烈な火柱が魔物を飲み込む。

 そして、その火柱が通った道は全て黒一色の線となっている。木々へのダメージが少ないようにエルフレットは風の魔術で保護していたため、真っ黒に焦げたのは地面だけであった。

 しかし、保護をされていない魔物やツタ、雑草はその圧倒的な火力によって瞬時に炭化していった。


「なにこれ!」


 システィが困惑の声を上げる。さっきまで周囲を固めていた魔物が一瞬にして丸焦げになったのだ。


「久しぶりに下級魔術を扱ったが、なかなか火加減が難しいな」

「あれで下級なの?」

「ああ、炎と風の二重発動だが、なに大したことではない」


 怪物を見たかのような反応をしているシスティをエルフレットは不思議そうに見ている。すると、先ほど突撃したユイが急いでこちらに駆け寄ってきた。


「大きな火柱が見えたから何事かと思ったのだけど、あなたの魔術だったのね」


 少し肩で息をしているユイだが、汗をかいている様子ではない。


「ああ、ざっと六〇体ほど倒せた」

「……そう、私も四〇体倒してる」

「では、戦利品をいただくか」

「ええ」


 その様子を舞台の一幕を見ているような感覚に陥っていたシスティだが、銃を持っていることですぐに現実だと教えてくれる。

 システィは軽く首を振って、自分も頑張らなくちゃと自分に言い聞かせるのであった。


 それから三人は魔物の体の一部を納品することが成功条件ということで、魔物の角を剥ぎ取ることにしたのだ。


「流石に荷馬車は必要だったかなぁ?」


 一つに集められた魔物の角は小さな山になっている。それをどうしようかとユイとシスティは悩んでいた。


「ふむ、異空間に詰め込めば問題ない」


 そう言ってエルフレットはまたもや怪しい光を手先に漂わせ、空間に円を描く。すると、その円の先には異空間に接続されたのか、黒く先の見えない深淵の空間が広がっていた。

 そこにエルフレットが魔物の角を全て詰め込む。

 そして、その円は収束するかのように小さくなり消えてなくなる。


「ど、どうなってるの?」


 システィは円があった場所の地面なんかを調べながらエルフレットにそう質問する。


「別の空間に転送しただけだ。さて、思いの外戦利品の回収に時間がかかったから急いで帰るとしようか」

「え、ええ。そうね」

「……うん」


 二人はエルフレットの強大な魔術にただただ驚くことしかできなかったのだ。

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