第14話
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駅前の焼き肉店。
午後五時という中途半端な時間であったから客は他にいなかった。
窓際のテーブルに二人は向かい合ってすわった。
世間話をしていると、窓の向こうの歩道を鶴彦が一人で歩いているのが鍵野井の目にとまった。
鍵野井の視線に兜川も同調した。
「あの茶髪の人が鶴彦さんですよ」と鍵野井。
「なんだと、あいつは私のところでアルバイトをしている柳沢一郎という男だ。二年ほど前から、石灰石の採掘現場でトラック誘導員と監視員をしてもらっているのだが、よく休むので、もうそろそろ首にしようかと思っているところだ」
「ええ! ではあの人の現住所は、履歴書にどう書いてありましたか?」
「履歴書には、たしか県南の地名だったが、よく覚えていない。なんせ人手が足りないもので、とりあえず使ってみようという感じだった。それに毎日ではなく、週に三日の勤務だからね」
やはり兜川は鶴彦の顔を知らないのだ。
鍵野井はあの青年が鶴彦であると確信している。が、それにしても、鶴彦は何の事情で兜川の会社で働いているのか。多額の生命保険を得ているはずなのだ。もちろん、人間は遊んでばかりいられるものではない。彼は若いし、何か仕事がしたかったのかもしれない。
「あいつはうちの女事務員とできていて、その点でも早く首にしたいのだが──」
ということは、彼女に会う時間を増やすために、鶴彦は彼女の勤める会社で働いているのか。それはひょっとするとデート代の節約か。
鶴彦が偽名を使ったのは、当然のことと言えるが。
鍵野井は、あえてこれ以上踏み入らないことにした。
「そうですか。では私の勘違いであったかもしれませんね」
「勘違いだよ。私も、鶴彦はどこかで生きていると思っているが、事情があって、表に出られないのだ。あそこの家系は、昔からそういうところがある」
今回の件は、これでひとまず終了。
すっきりしない部分もあるが(たとえば大麻草など)しかしそれは警察の管轄である。神主の鍵野井が関わることではない。
誰も泣く者がいなければ、それでいいではないか。
鍵野井は熱々の焼き肉を頬張りながら、手柄を与えられなかった友人の警部にどんなお礼をしたらいいものかと、そればかり考えていた。
了
地底湖の謎 有笛亭 @yuutekitei
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