第11話
11
二日目。──鶴彦という青年を調べる。
この日、鍵野井は鍾乳洞の中には入らず、プレハブの宿舎にいて、窓から隣家の様子をうかがうことにした。そして、鶴彦と思われる青年が家から現れれば、すぐに行って、何か質問をするつもりであった。
ここから先は、まったく鍵野井の探偵趣味を満足させるためだけのものであり、仮に鶴彦の居場所が分かったとしても兜川には言わないつもりでいた。
昼前に、赤いスポーツカーが、庭にとまった。この赤いスポーツカーは以前にもこの庭にとまっていたのだ。
車から茶髪のサングラスをした青年が現れた。
顔立ちがあの女将とどことなく似ていて、鶴彦だ、と鍵野井は直観した。
鍵野井はすかさず外に出て、鶴彦に近づいた。鶴彦はちょっとびっくりした顔で、鍵野井を見た。
「あなたが鶴彦さんですか?」
鍵野井のこの唐突な質問に鶴彦は顔をひきつらせた。
「な、なんだよ、突然、あんたこそ誰なんだよ?」
「私は一介の好事家で、七年前に地底湖で行方不明となった○○鶴彦さんを探しているのです」
「鶴彦、──そんな人間知らないよ」
「あなたはこの家に住んでおられる女性の息子さんではないですか?」
「馬鹿なことを言うな。おれはアルバイトでここにいるだけだぞ」
サングラスの青年は、鋭い目で鍵野井を見た。しかし、議論をするのはまずいと思ったのか、プイと顔を背け、すたすたと家の中に入って行った。
その逃げるような行動に、鍵野井は確信を抱いた。そして、この青年は大麻草の栽培に関わっている、と推測した。
人を疑うような目は、警戒心そのものであるから。
だかしかし、仮に大麻草に関わっているとしても、この七年間行方をくらます動機としては微弱である。
地底湖から姿を消した本当の理由は、もっと他にあるはずだ。
故意の失踪であれば、次の二つが考えられる。
一つは、誰かに追われて、姿をくらます場合だ。たとえば命を狙われているとか。あるいはストーカー行為を受けているとか。
もう一つは、保険金詐欺だ。というのも生命保険は死亡認定がされなければ下りないわけで。失踪者の場合、通常七年以上かかる。しかし地底湖での失踪は、一年で認定される。というのも探検部のメンバーが証人となるから。
こういうときは、警察にツテがあるというのは、ありがたいことだ。
鍵野井には県警に一人、懇意にしている刑事がいる。この刑事に頼んで、そこら辺を調べてもらうことにした。つまり鶴彦に生命保険が掛けられていたかどうかだ。
早くも夕方には判明した。
やはり鶴彦には、総額一億二千万円もの生命保険が掛けられていた。何社にも及んでいて、しかも、それは地底湖で失踪する数か月前に掛け始められたものだった。異常である。あの若さで掛ける金額ではない。
そして保険金の受取人は、すでに全額受け取っているという。鶴彦の母である。
ということは、鶴彦は現在、この世から抹消された人間として生きていることになるが、単に保険金だけが目当てで、あんな危険な離れ業を演じたわけではないだろう。
将来を閉ざされた生活を強いられることになるのだ。
鶴彦は、本当にそれを望んでやったのか。
断じて違う、と鍵野井は思う。
鍵野井は、いつの間にか自分と同世代の鶴彦にある種の親近感と憐憫の気持ちを持ち始めていた。
だから鍵野井は、警部がもし鶴彦が生きていたのなら生命保険詐欺の疑いがあるとして、本格的な調査をしたいと言い出したとき、それはしばらく待ってほしいと頼んだのだ。
保険金詐欺よりも、もっと大きな事件がこの裏に隠されている、かもしれないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます