第7話
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まだ午後の三時である。夜の九時までには十分な時間があった。
そこで鍵野井は、一通り鍾乳洞の中を調査することにした。
鍾乳洞の入り口は、看板も何もない小屋の中にある。小屋の中央にぽっかりと穴が開いていて、鍾乳洞に続くスロープとなっていた。
鍵野井は自分の名前を(偽名だが)、そこに備え付けているノートに時間とともに記した。
一応、手に折り畳みのアルミマットを持っているが、瞑想をするわけではない。鍾乳洞の中をくまなく点検するのに、怪しまれてはいけないためだ。誰でも最初はほうぼう歩きまわるものだから、大胆に行動しようと鍵野井は心に決めていた。と言っても、迷子になっては何にもならない。夜の九時までには宿舎に戻っていなければならない。食事もすませておかなければならない。
白装束に身を包んだ鍵野井は、頭にヘッドランプ、手に懐中電灯と、勇ましい姿である。
足元にライトを照らして、鍵野井は洞窟の中に入り込んだ。温度が一段と下がったが、夏だからひんやりして心地いい。
当然だが、奥に行くにしたがって暗さの度が増した。
小さな灯りでも点々と置いてくれれば助かるのだが、そこは秘密主義の瞑想道場、内部をそう簡単に晒したくないのだろう。
まさに鍾乳洞はアリの巣のようにあちらこちらに空洞がある。小さな空洞は座禅をするのにはちょうどいいが、横になって瞑想に耽るなら、以前は水が溜まっていたような空洞がいい。そういうところは、天井に見事な鍾乳石が垂れ下がって幻想的な雰囲気を醸し出している。また邪魔な石筍もない。
通路は平らなところは一つもなく、体を横に向けないと通れない個所も多々ある。
不注意にも鍵野井は、手に持っていた懐中電灯を壁に強く当ててしまった。ヒヤッとした。もしも蓋が開いて中の乾電池が零れ落ちたら拾うのに苦労するばかりか、拾えないこともあるだろう。そうなったら、ヘッドランプだけでは心もとない。
鍵野井は懐中電灯の蓋をかたく締めなおした。
やがて、立ち入り禁止と立札のある空洞の前に鍵野井は来た。この空洞はさらに奥の方まで伸びているようだった。女将は、危険だから、という理由で、入ってはいけないと言ったが、見たところそれほど危険な感じはしなかった。ただ、それは光が届く範囲のことであって、途中、横に伸びた空洞がある。その空洞の奥がどのようになっているのか。
鍵野井は辺りに誰もいないことを確認して、立ち入り禁止の中に入った。
横に伸びている洞窟の中に入ると、さらに穴が二股に分かれていた。
ふと見ると、分厚い電気コードが壁下をはっていた。黒色だから今まで気づかなかったのだ。どうやら鍾乳洞の入り口からコードはひかれているようだった。
ということは、どこかで電気を使用しているのだ。しかし、こんな真っ暗な洞窟で、電気を使用するには何か特別の意味があるはず。通路を明るくするためではないことは明白である。
二股の穴の一方にだけ電気コードは伸びていた。したがって、このコードをたどって行くしか選択肢はない。
突如として、明るい部屋、いや空間が現れた。かなり広い空間で、おそらくここも地底湖の一つだったのだろう。
青々とした大麻草の畑であった。それを育てるための照明が、四方向から降り注いでいた。
大麻栽培は、許可がなければ日本では違法である。そして、ここが許可を受けていないのは明白である。許可を受けていれば、あえてこんな不便なところで栽培をする必要はない。第一、電気代がかかる。二十四時間照明をつけていれば、かなりの電気代になるはずだ。なるほど民宿よりサービスの悪い宿舎が、一日一万円もするわけだ。
ところで、この大麻草は何に使用するのか。大麻はマリファナの原料である。乾燥大麻は高額で取引される。うしろめたいことに使用されることは間違いない。
ならば鍵野井はここに長居しては危険だと悟った。誰かに見つかれば、──ここは洞窟の中だ。生きて外に出られる保証はない。すぐに引き返した。
立ち入り禁止のところまで戻って、鍵野井はやっと一息ついた。
ここから先に進むのもいいが、九時から目的地の地底湖へ行くわけだから、初日から無理はしないことにした。
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