第5話


 瞑想道場の受付は窓の小さな家の玄関である。五十歳代の気品のある女性が鍵野井と対応した。おそらくこの女性が兜川の言った長女だろう。胡散臭いイメージのある瞑想道場に、一つの灯りをともしていた。

 女性は鍵野井を見上げて、「一週間ですか?」とたずねた。

「はい」と鍵野井は答えた

「それでは七万円を前金でお願いします。宿舎とルールは後でご説明します」

 鍵野井は兜川から預かった七万円を払った。

 領収証を貰った後、鍵野井はプレハブの宿舎に案内された。

 三十畳ほどの広さで、板敷きの上に敷布・毛布がのったマットレスが点々と置いてある。

「誰も使っていない空いたところのマットをご使用ください。貴重品は出口のそばにあるローカーに入れて鍵をかけ、そのカギは常に首からぶら下げるようしてください。仮にロッカーの貴重品が盗まれても私どもは責任を負いません。また盗まれたとしても警察には届けないでください。ここは二十四時間誰でも自由に出入りできますから、どこの誰が忍び込むか分かりません。鍾乳洞もやはり二十四時間出入りできます。その際は折りたたみのアルミマットと懐中電灯を持ち、ヘルメットにヘッドランプを使用してください。倉庫にあります。瞑想指導はできますが有料ですから、各人自由気ままにされたらいいと思います。そして食事とお風呂ですが、食事は調理室で、これも勝手に自分で作って食べてください。材料は豊富にあります。一日何食でもかまいません。ただし新鮮な野菜と果物は、すぐになくなりますから、置いたら自分の分だけ確保してください。冷蔵庫には肉と魚それと野菜が常にあります。現在六名の方がこの宿舎で暮らしています。みんな仲がいいですよ。そしてお風呂ですが、シャワー室があります。これも二十四時間お湯が出ます。鍾乳洞から出てシャワーをするのがベストです。また瞑想用の白い装束もお貸しします。汚れたら洗濯してください。洗濯機が二台あって、晴れた日は外にある物干し竿に雨の日は宿舎の中でロープに吊るしてください。また鍾乳洞に入るときは、名簿に名前と時間を書いて、出たときには忘れずにそれに丸をしてください。そしてあまり奥の方に行かないようにしてください。迷子になったら、パニックになりますよ。迷路で、しかも暗いですから」

「迷路ですか。鍾乳洞の地図はないのですか」

「ないですね。入り口の比較的近いところでみんな瞑想をします。しかし最近は、奥の方まで空洞ができたそうで、何人かは遠いところまで行きますね。水の抜けた地底湖があるとか。さぞかし神秘的なところでしょう」

「ほうほう、それは楽しみですね」

「つい口走りましたが、そこはお勧めしません。最近できたばかりの空洞ですから、安全性が確認されていないのです」

「ひょっとしてその地底湖というのは、以前大学生が行方不明になった地底湖じゃあないですか?」

「かも知れませんが、断言できません。地底湖は水がたまる場所ならどこでもできます。それとこれが一番大事なのですが、足元に注意してください。平坦でまっすぐな通路はないです。腰をかがめたり、手をついたりしてやっと通れる場所や、梯子を使って上がり下がりするところもあります。梯子は、すでにその場所に設置していますが、しかし初心者は、やはり入り口付近の空洞で瞑想に耽るのが一番安全です。お見かけしたところ、かなりりっぱな体格をしていますが、何か運動をされていましたか?」

「大学のときは登山部でした。鍾乳洞探検も興味があったのですが、できませんでした。瞑想にも興味がありますから、今回は一石二鳥ということになりますね」

「くれぐれも無理なことはしないでください。それから、──そうそう、立ち入り禁止と看板があるところは、絶対に踏み込まないでください。危険ですから。事故があって救急車や警察を呼ぶことは、わたくしどもにとって、とても嫌なことなのです。イメージダウンになりますから」

「分かりました」

 これほど警察を恐れているのは、何か怪しいことでもしているのではないか、と逆に勘繰ってしまう鍵野井だったが、チャンスがあれば、そこも調べてみるつもりになった。

 女性の説明は、以上だった。分からないことはいつでも聞きに来てください、ということで。

 後で、この女性がこの瞑想道場の主、女将であることが分かった。



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