第3話
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兜川の車に同乗して、鍵野井は町の食堂に向かった。
その際、隣の家の前を通ったが、なんとも気味の悪い建物である。窓が異様に小さいのだ。
庭に、プレハブの建物が建っていたが、これが宿泊所で、夥しい洗濯物が外に干してあった。また赤いスポーツカーもとめてあった。
「長期滞在者の中に指名手配されている容疑者が隠れているという噂がありますが」と鍵野井は言った。
兜川は、それを否定した。
「たしかにそういう噂はあるけれど、一泊一万円だからね。長期滞在者はいないと思う。いるとすれば何かの手伝いをしている者だ。昔から変な噂の絶えない家で、うちとはほとんど付き合いがないのだが、私の若い頃は、あの家の長女に惚れこんでいたね。私より一つ年下なのだが、なかなかの美人さんだった。もともとあの家族は、この土地の者ではなかった。昭和の初期に、この地を訪れた旅芸人の一家だった。手品をしたり占いをしたり楽器を鳴らしたり踊ったりと。その中に霊媒師のおばさんがいて、ここに鍾乳洞があるから、これを利用して、定住すべきとお告げを受けたという。調べると実際に鍾乳洞があった。それで一家はあの土地を買って、家を建てた。生計は占いが主体となったが、よく当たるというので、遠方から足を運ぶ者も多かった。そしてお告げ通り、鍾乳洞で瞑想ビジネスを始めたら、これが当たって生活は安定した。今じゃあ海外からも参加者があるそうだ。食事付きで一日一万円とか言って、それで一週間は出られないわけだから、けっこう儲かっているのだろう。食事も参加者が勝手に料理するのだし。材料は提供するようだが、民宿の方が何倍もいいね。まあ和気あいあいとした雰囲気で、常連が多いらしい。一種の宗教施設と言ってもあながち間違いではない」
「ですから井戸から聞こえてくるのが隣の人たちとすれば、事件性はないですね。一件落着ということになりますね」
「まあそうだが、せっかくだから、地底湖も調べておきたいね。この前の地震で湖底が抜けて水がほとんど無いと私は推測している。うちの井戸が涸れたくらいだから。ここの地底湖はそんなに深くなく、せいぜい二十メートル程度、幅は三十メートル四方あるらしいのだが、調べようがないよね」
そうこうするうちに兜川の運転する車が焼き肉店に到着した。
話は店の中で継続することになる。
「じゃあ私が一週間あそこの参加者になって、くまなく調査をしましょう地底湖も」
「いや一週間も神社をほったらかしにしてはいけないよ」
「契約では一週間として、二三日で帰るつもりです。一週間分の料金を払っておけば問題ないでしょう」
「そんなもったいないことを、しかし先生がそれでいいと言うのなら、私はそのお金をお渡ししよう」
鍵野井は、大学時代は登山部のリーダーで、鍾乳洞探検も一度体験してみたいと思っていた。
そうと決まると、やる気満々、鍵野井は大皿の焼き肉をきれいに食べ尽くした。
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