幸せのめがね

サビイみぎわくろぶっち

第1話

 近視が進んでしまったので、眼鏡を新しくすることにした。

 まず、眼科を探す。

 この町には三か月前に引っ越してきたばかりなので、一から探さなければいけない。

 すると、この町には眼科の病院が二軒あることが分かった。うちから近いほうに行くことにする。

 そこは込み入った裏通りだった。

 眼科はすぐ見つかったが、その看板も建物もとても古くて、本当にやってるんだろうかと思いながら扉を開けると、待合室には意外とたくさんの人がいた。

 一時間以上は待たされるだろうなと思いながら、受付を済ませて椅子に座る。

 時々、猫の鳴き声のようなものが聞こえるのは気のせいだろうか。

 二時間後、眼鏡の処方箋を手に入れた私は、駅前の眼鏡屋に行った。

 駅前で目立つから、この店の存在は引っ越してきた時から知っていた。

 ところがである。

「すみませんが、この処方箋はうちの店では扱えません」

「どうしてですか」

「いろいろあるんですよ」

 そう言って店員は笑う。

「こちらの眼科で出す処方箋を受け付けている眼鏡屋は、この町ではここですね」

 そういうものなのかと思いながら、教えてもらった眼鏡屋に向かう。

 高い眼鏡屋だったらどうしよう。さっきの眼鏡屋は、格安を売りにチェーン展開しているところだったので、その点は安心できたのだが。

「ここだ」

 それは町はずれにポツンとある、小さな建物だった。

 両隣は民家、そのまた隣は何かの会社らしい二階建ての白い建物で、向かいは小さな美容院と個人の税理士事務所と野菜畑だ。

 人通りは多くない。店をやるのに良いとは言えない場所である。

 でも、そんなに新しくないその店の、通りに面した部分のガラスにかけられた、「OPEN」というプレートが何気にかわいい。

 意外といい店かもしれないと思いながら、扉を開けると、中にいた店員がくるりと振り向いた。

「あ、猫」

 一瞬、そう見えたのだ。

 でも、カウンターの中でにっこり笑っていたのは、四角い眼鏡をかけた若い男性だった。

「いらっしゃいませ」

「この病院で出してもらった眼鏡の処方箋、こちらなら受け付けてもらえるって聞いて来たんですが…」

 眼科からもらってきた眼鏡の処方箋を店員に見せながら尋ねる。

「はい、できますよ」

 その時、私は初めて自分が持ってきた処方箋が、見たこともない文字で書かれているのに気が付いた。

 あれ?

 でも、さっきは確かに日本語が書かれていたような…。

「すみませんが、椅子に掛けてお待ちいただけますか」

 店員が笑顔で言った。

 気が付かなかったが、私の他にもお客さんがいたようだ。

 用事はもう済んだらしく、会計をしている。

「ここの眼鏡屋に来られた人はラッキーですよ」

 帰り際、そのお客さんがこっそり言った。

 店員は店の奥に行っていた。レジにお金を入れているのだろう。

「本当です」

 その人が出て行く時、さっき見た「OPEN」のプレートの裏側の「CLOSE」の文字が何か他の文字に変化したような気がした。

 不思議な気持ちのまま、私はそこに座っている。

 店員が私の前に来た。

「当店に来られるのは初めてですか?」

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