あなたのめがね姿が見たいのです

もっと違う君が見たいから

 春も近いとはいえ、16時過ぎの教室で窓を開ければ冷たい風が吹き込んでくる。前髪が強めの風に乱されて、直しながら窓を閉じると2人しかいない美術準備室はいっそう静かになった。


 教室の木製イスとは違う、ちょっと大きめのプラスチックのイスに座る。座面が中央に向けてカーブしていて座りやすい。前に、野球場のイスってこんな感じかな?と聞いたら、「それは野球場によるかな」と返ってきた。北見きたみくんは物知りだ。すぐ左を見ると、「活動報告書」とゴシック体で書かれた紙に美しい文字が生み出されている。まつげ長いなあ。いいな。


「あまり見られていると書き辛いな。三波みなみさん」


「まつげ長いなって思って」


「いつも思うけど、思ったまま喋りすぎじゃない?」


 いつも思うけど、だって。なんか嬉しい。でもにやにやすると気持ち悪いよって言われちゃうから、頑張ってなんでもない顔をする。口からは思ったことが出てしまうけど、表情管理は得意なのだ。教室でだってにこっと笑ったこともない。クールで思慮深く、北見くんにふさわしい女に、私はなる。


 北見くんは会話をする間、微笑みを浮かべてはいてもこちらを向いたりはしない。常に口角の上がった美しい表情だけど、目だけはどこか冷たくて、目が合えばこちらの心臓をスッと音もなく射抜くような厳しさをたたえている。まあ、目が合ったこと一度もないんですけど。何故か北見くんは私と話す時こちらを向いてくれない。


 入学式で一目ぼれした美少年とお近づきになりたくて、彼が入る部活を調べて自分もそこに入部した。まさか切り絵同好会だとは思わなかったけど、北見くんと一緒にいられるならなんだって良い。マイナー部すぎて部員は2人しかいないし、結果的には最高。こんなに近くで美しい人を眺められるなんて。クラスが違うから部活くらいでしか会えないし、たっぷり堪能しなくては。


 真顔で自分の世界に浸っていたら、北見くんが困ったように眉を下げ、活動報告書を両手で目の前に持ってきていた。どうやら文字が見えないらしい。


「これ、なんて読むんだろう」


「どれ?うわ字小さっ。今週から報告書のフォーマット変わったんだっけ」


「そう。もう少し大きい字だと助かるよね」


「もう私が書こうか?」


「それはだめだよ。部長は僕だし」


「というか北見くん、授業中はめがねかけてるんでしょ?なんで部活だとかけないの?」


 クラスが違うので最近まで知らなかったのだが、どうやら北見くんは授業中めがねをかけているらしい。なにそれそんなの超見たい。でも、部活ではまだ一度もめがね姿を拝めていないのだ。めがねチャンスでは?とじっと見つめると、北見くんはまた困ったように首を傾げた。かわいい。


「どうしてだろうね」


「めがね姿見たい」


「見ても面白いものじゃないよ」


「私は見たいよレア北見くん」


「そんなにレアでもないと思うけど」


 なんでもないように報告書作業に戻って、またうまくかわされてしまった。ここのところずっとそうだ。めがねをかけているということを知ってからずっと、ことあるごとにめがねかけないの?と聞いてはいるが絶対にかけてくれない。会話はしてくれるし、部活も毎日休まず来ているし、嫌われてはいないと思いたいけど、そんなにめがねが嫌ならあまり言わない方が良いのかな。


 しかし、そこまで嫌がられるとどうしても見たくなるのがオタク心ってやつで。ずいっと北見くんの方へイスを寄せると、驚いたのかビクッと肩を動かして、紙の上の文字が歪んだ。


「北見くんさあ、切り絵切るのも視界がぼやけてたらやり辛いんじゃない?」


「切り絵は心で切るものだからね」


「視界もクリアだったらもっと良い作品ができると思うなあ」


「……三波さんはどうしてそんなに僕のめがねが見たいの?」


「レアだから?」


「そんなゲームのモンスターみたいに……」


 北見くんがちょっと呆れた顔をする。呆れ顔も美しい。本当なら、そんなのあなたが大好きだからに決まってるでしょうが!!!と叫んでしまいたかったけど、入学から約1年かけて築いてきたこの距離を失うのは辛い。よく耐えた私。


 ふう、とため息をつくきれいな音がする。北見くんが、観念したようにこちらを向いた。うわ、真正面、初めて見た。なんて美しい。目と鼻と口の位置が完璧。色白で中性的なその面立ちは、もはや芸術品だ。いよっ造形美!と声かけしてしまいそう。きれいな目が、まっすぐこちらを見ている。


「部活でめがねかけちゃうと、よく見えすぎて困るから、しないんだよ」


「……なるほど?」


「わかってないよね」


「切り絵は心で切るものだから、でしょ?」


「まさか数分前の自分に足を掬われるとは思ってなかった」


 見たことのない顔で、北見くんが微笑む。怒り?みたいなものを抑えているような、そんな複雑な笑顔。それと、顔がちょっと赤い?ほんのりだけど、頬が特に赤くなっているような気がする。


「もう少ししたら、部活でもめがねかけるように努力するよ」


「ホント!?やっぱり目でも見た方が良いもんね!切り絵」


「……そうだね」


 何かを諦められたような気がする。でも、部活でもめがねかけてくれるようになったら嬉しい。美しい人のめがね姿、今から楽しみすぎて爆発しちゃいそう。


「じゃあこれ、生徒会に出してくるから待ってて」


 北見くんが立ち上がってドアへ向かう。窓の外はいつの間にか薄暗くなりかけていた。グラウンドから、野球部のあざしたーの声が聞こえる。もう部活終わりの時間か。早いな。ふと、北見くんが立ち止まってこちらに振り返った。二度目の目が合う。


「ちなみにコンタクトも持ってるんだけど、三波さん的にはめがねのほうが良いかな」


「えっどっちも捨てがたいね……でもめがね見たいかも」


「ふふ、わかった」


 行ってくるね、とドアが閉まる。ふふ、だって。今日は見たことのない北見くんがたくさん見られる。どうしよう。明日バチとか当たる?こんなに幸せで良いのかな。なんだか顔が熱い。北見くん、明日からめがねかけてくれるのかな。楽しみだなあ。また真顔の練習しておかなきゃ。


 あれでも待って。北見くんの視界がクリアになるってことは、私もそこそこきれいでいなきゃいけないのではないか?美しい人に汚いものをお見せするわけにはいかないし……。今もまあまあ頑張っているつもりだけど、今日の夜からもっともっと気合入れてケアしなきゃ。


 明日の北見くんにも、目を合わせてもらえるように。

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