眼鏡が本体
良前 収
高度に進んだ科学は魔法と変わらない
異世界転生だの異世界転移だのという概念もしくは専門用語のようなものは知っていた。
実のところ結構好きでよく読んだり観たりしていた。
だからハタと周囲の異質さに気付いた――全く見覚えのない物に自分が囲まれていることに本当に唐突に気付いた時、俺はまず、
「え、夢?
と思ったのだが、比較的すぐに、
「あれ? あれれ? 夢っぽくない? まさかもしやこれ異世界転生!?」
となった。転移と判断しなかったのは、ハタと気付く前のここでの記憶も思い出すことができたからだ。
「つまり転生してある程度成長してから前世の記憶を思い出すパターンかー。ふむふむ」
などと言いながら、俺は現世の自分の姿を確認するため鏡を探した。
なお周りに人はいなかったので独りでしゃべっていた。最初は夢だと思っていたので。別に前世でも現世でもいつもブツブツ独り言を言うアブナイやつだったことはない。ない。ないったらない。
しかし鏡は見つからなかった。首をかしげ、現世の記憶を確認してみた。
現在いる場所は俺の自室。寝起きをし、身支度も全てここでする。だから鏡くらいあってもいいはずだと前世の感覚でほとんど無意識に探し始めたのだが。
現世の記憶の中に、鏡はない。鏡を使って髪や服を整えたことはない。ではどうやっていたかというと――。
俺は部屋の壁際にあった戸棚へ向かった。クローゼットに近い作りだが、違う。服などが入っているのは並べて隣に置かれている戸棚のほうであり、こちらはそれよりずっと大きい。
両開きの戸を開け、中を確認する。三体の人形が立っていた。背の高さや体格や髪の色などが少しずつ異なるが、人間と等身大の、人間にしか見えない人形。
俺はおもむろに、自分の顔から眼鏡を外した。そしてくるりと眼鏡の前後を入れ替え、俺を見るような方向に持つ。
思わず
「眼鏡がっ、本体……っっっ!」
文字通り、眼鏡が本体だった。俺の。
「待て待て待てっ! こういう異世界転生はアリなのか!? アリなのかよ!?」
必死に現世と前世の記憶を漁る。周囲、つまり俺の自室もつぶさに
どうやら俺もすっかり浮かれていたらしい。あるいは浮き足立っていたのか。ともかく冷静ではなかった。状況の把握があまりに足りていなかった。
「異世界ファンタジーじゃなくて、異世界SFへの転生だと……!?」
前世ではマイナージャンルだったように思う。少なくとも俺の認識はそうだった。異論は認める。もう誰とも議論激論を交わすことはできまいが。
「……そっかぁ……SFかぁ……」
現世のこの世界では、眼鏡が本体。
はるか昔は違っていたと歴史の授業で習った。科学技術の発展により、人間の意識をモノに移すことが可能となり、何に移すかの様々な試行錯誤を経て、最終的に眼鏡となったらしい、が。
「昔、俺みたいに転生してきたヤツがいないか、調べてみよう……」
絶対にいる。俺は確信している。さもなければ眼鏡なんて選ぶまい。絶対に昔いた転生者の
この世界では、服を着替えるノリで
なお子供は完全な体外受精と体外育成で誕生させ、すぐに眼鏡へ意識を移植する。
「はあああ……」
とりあえず、自室にあったソファに座った。うん、座り心地がいい。
遅ればせながら状況の把握に努めなければならない。自分の異世界転生特典チート能力の把握も。
おそらくは俺も頭脳方面チートなのだと思う。冷静になれば、凄まじい勢いで思考が進む。
眼鏡が本体で、オリジナルボディの脳にあたる部分はどの眼鏡も全く同一となっているが、意識の強度の差で頭脳方面の優劣は決まる。これがこの世界での一般常識であり最大学説である。では意識の強度は何によって決まるのかが現在最も盛んな研究テーマ、ってそんなことは今どうでもいい。
考えなければならないことは大量にある。計画も山のように立てなければならない。
「……幸せになりたい、もんな」
ぽつりとそう呟いて。それで前世の感情を断ち切って、俺は思考に沈んだ。
眼鏡が本体 良前 収 @rasaki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます