眼鏡越しのセフレ(SF) ~彼女が先輩と浮気したので、先輩の彼女を寝取り返します~
成井露丸
👩
「中高生の間では眼鏡をかけずにセックスするのが流行っているんだって」
ベッドの上で仰向けになりながら、脈絡もなくつぶやくと、僕に上に跨っていた彼女が、僕の胸の上に両手を突いたまま一瞬動きを止めた。
「なにそれ。――ん。こわくない? 野蛮」
彼女の体重が腰の周りにのしかかる。圧迫感が快楽に変わる。
でもその感覚は少し違っていて、視覚では換えられない身体性を感じる。
彼女を見上げる。上気だった頬、寄せた眉、ぷっくりとした唇。
「若気の至りってやつだろ。中高生だから怖いもの知らずなのか」
「――あー、若さゆえの無敵感かー。あるねー」
腰を小さく揺らしながら彼女はにんまりと笑みを浮かべる。
あいつなら浮かべなかった表情の種類に、僕は現実へと引き戻される。
セックスが夢の中でだという意味ではない。
現実は情報に覆われて作られている。
それが普通で、当たり前のことなのだ。
*
眼鏡は今や誰もがかけて暮らしている。
昔はARグラスとかゴーグルとか言ったらしいけれど、今やそれを表すには眼鏡という言葉で十分だ。
その普及率が高まり誰もが世界を眼鏡越しに見るようになったとき、僕らの姿変質した。 身近だった言葉で言えば「身だしなみ」や「おめかし」が変わった。
その昔、遠隔ミーティングのZOOMがコロナ禍で広まった時、リモートワークをする女性がお化粧をZOOMの画像処理まかせにしたり、映らない部分の服装をさぼるようになった。そういう行動が始まりだという社会学者もいる。それよりも「写真を盛る」SNOWのようなアプリが始まりだという学者もいるし、生成AIによるリアルタイム画像生成が技術的な始まりだという学者もいる。
まぁ、僕らにとっては、そんな歴史的経緯はどうでもいい。
「自分の姿を相手に見せたいように相手の眼鏡上に投影する」
僕たちが見る画像を生成するのは見る方の眼鏡の側なので、これを実現するには見られる側が見る側にその情報を送る必要がある。
最初はみんな特別なアプリを使ってやっていたのだけれど、そのプロトコルがOSに標準装備されるようになって世界は変わった。
自分が設定した姿が相手に見える時代が来た。
お化粧もファッションも不要だ。
一気に化粧品産業やファッション業界は斜陽産業に変わった。
僕らは現実をまた一枚の情報レイヤーが覆う世界に生きている。
※
ベッドの上での行為を終えて、僕は一人眼鏡をかけたままその端に座る。
シャワーを浴びた彼女がバスルームから出てきた。
彼女は僕の姿を視界に入れた時に、一瞬困惑したように立ち止まり、胸に巻いたバスタオルを少しだけ引き上げた。反射的に恥じらうみたいに。
「――やっぱり、ちょっと慣れないわね」
「眼鏡越しだと、彼氏じゃなくて彼氏の後輩に過ぎないからね」
僕が皮肉めいてそう言うと、僕の彼女の浮気相手の男の彼女であるところの彼女は自虐めいた笑いを唇の端に浮かべた。
シャワーを浴びる時に彼女が眼鏡をとって、不用心にもそのまま出てきたから、僕にはもともとの彼女の姿が見えている。――眼鏡をかけない状態での姿、つまり「すっぴん」だ。
眼鏡をかけていないと、こちらからも相手が設定した見た目が視覚に反映されないので、もともとの素材としての顔が映る。
なんんとなく、僕も一旦眼鏡を外した。彼女に付き合うように。
「どっちがいい? 眼鏡かけてくるならかけてきてもいいよ」
「――服を着る時にかけるわ」
「そう? ――もう一回する?」
尋ねると彼女は、「眼鏡なしでのエッチは冒険ね。本当の浮気みたいで背徳的」と僕の方を見ずに言って、鏡台前でドライヤーの電源を入れた。
*
僕には学生時代から付き合っている幼馴染の彼女がいる。
ずっと幼馴染だったけど、高校の卒業式で告白して付き合い始めた。
大学は別々だったけど、学生時代の四年間は付き合った。
僕は彼女とした付き合ったことがない。
だけど社会人になって、将来のことを少しづつ考えだした時、彼女の浮気が発覚した。浮気相手は僕の会社の先輩だった。
彼女のデータストレージから二人の性行為を記録した動画を発見してしまった。僕はずっと好きだった彼女を寝取られたのだ。
いけないとは思いつつも、僕はその動画を眼鏡で再生した。
まるで自分の彼女の浮気相手を覗き見ているみたいで、激しい焦燥を覚えるとともに、どうしようもなく興奮した。
そのことで彼女を糾弾して、別れようかとも思った。
だけどできなかった。
別れることも、糾弾することも、彼女に浮気の発覚を告げることさえも。
*
「やっぱりこっちの方がしっくりくるかな」
彼女が眼鏡をかけてきたので、僕もまた眼鏡をかけた。
まだ見慣れない姿の女性が、見慣れた彼女の姿に変わる。
僕のずっと好きだった幼馴染の彼女の姿に。
彼女にとってもそうなのだろう。僕の姿はあの男の姿に見えているのだろう。
「そうだね。こっちの方が落ちつくかな」
「――どうする? ――もうおしまいにする?」
「それとも、セカンドラウンド?」
「私たち、体の相性は悪くないよね?」
「眼鏡越しだと、見た目もいつも通りだしね」
「じゃあ、これでいいのかな?」
「さあね。――だけどまぁ、このベッドは僕らの復讐だから」
「そうね。じゃあ、楽しみましょうか。私の大好きな恋人の姿をした、セフレさん」
彼女の手のひらが僕の太ももを撫でた。
*
目を開くと、僕の両腕の下で彼女が悶えている。
ずっと好きだった幼馴染の姿をした女性が。
だけどその肌触りもあそこの感覚も、あいつのそれではない。
だから別ものなのかもしれない。
それは彼女にとっても同じなのだろう。
彼女には、今、僕の姿はあのいけ好かない先輩の姿に見えているのだろう。
僕は恋人を寝取った彼女の彼氏の姿に化けて、セフレとしてその彼女を寝取り返している。
そう考えると、征服感が高まり、妙に興奮を覚えた。
彼女の体を抱えて、体勢を変えた時、壁面の大鏡に二人の姿が映り込んだ。
鏡越しの映像もしっかりと眼鏡は変換してくれる。
そこに映っていたのは、僕の彼女と、それを抱く先輩だった。
眼鏡越しの世界を真実とするならば、僕らは結局、自分たちでその浮気現場を再生産しているのだ。
頭の中で何かが冷めていくのを感じる。
だけど彼女は身体を揺らす。
抱きしめる肌の感覚は心地よくて、その首筋に顔を埋める。
下腹部と胸が熱くなるのを感じる。
*
この世界は複雑だ。
僕にはもうどう生きていいのかわからない。
だから僕らはシンプルに生きて行くのが良いのだと思う。
肉欲に溺れ、群れの雌を寝取り、快楽の中で性欲と権力欲を満たす。
結局のところ、人間は、原初的には、動物なのだ。
繁殖期を定める遺伝子が壊れ、一年中盛れるようになった、哺乳類。
眼鏡をかけた哺乳類になったって、それは何にも変わらないのだ。
脳の奥が痺れて、世界が白濁色に染まった。
眼鏡越しのセフレ(SF) ~彼女が先輩と浮気したので、先輩の彼女を寝取り返します~ 成井露丸 @tsuyumaru_n
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